崩壊_かっちゃんAC

楽天IR戦記 第1章 (3)妄想の崩壊


 記者会見の翌日。株価は前日の終値8万6600円から一時9万円まで上がり、最終的には1%高の8万7800円となりました。前日の朝の日経新聞に憶測報道が出ましたので、報道前の前々日からは2%高でした。「放送とインターネットの融合」という新しい社会への妄想は、ある種類の人々を惹きつけたと言えましょう。妄想コントロールの初期段階としては悪くない感触です。M&Aに加えてIRと広報も管轄する経営企画室長のところにはメディアからもアナリストからも問い合わせが続きました。
 記者会見の2、3日後にアナリスト・投資家だけを招き、記者向けと同様の内容の発表を行いました。ここでは広がった妄想を地に足を付けて評価するための質疑応答が行われました。社会を変革する妄想が魅力的でも、実現可能性がかすかにでも見えなければ、やはり株は買ってもらえません。

  この時点では放送局側が提案に前向きではないことが伝わっていて、かなり厳しい状況という見方が広がり始めました。さらに財務負担の大きさも問題とされました。楽天は同年6月にクレジットカード会社を、10月に米国マーケティング会社を買収し、いずれも銀行借入金で賄っていました。これに放送局株式購入が加わり借入金残高は大きく膨らんでいました。その1年前にも、2年前にも大きな買収案件を銀行借入で賄ったあと、その返済のために公募増資を実施していました。統合提案の際には公募増資の計画については発表しませんでしたが、それまでのチャレンジと同じように、今回も新たに株式を発行して増資を行うであろうという観測が広がりました。しかもさらなるTBS株式の買い増しの意図を表明していたため、追加の財務負担も心配されていました。 

「どうせ増資するのでしょう?」 

そう質問し、コメントを求める機関投資家やアナリストがいました。

否定も肯定もできません。

 実際準備は行っていますが、発表できる段階にはありません。これらから出てくる利益の絶対額の成長が変わらずとも、増資による希薄化が起これば1株当たり利益(EPS:Earnings Per Share)が下がります。 

 発表7日目頃から株価はどんどん下落しました。次の四半期決算発表は11月中旬で、それまでは特に新しいニュースもなく、だらだらと滑るように7万円台を割るところまで株価が下がっていきました。株式市場は10年後の市場創造(の可能性)より、数カ月後か、せいぜい1年以内に起こりそうなEPSの期待値低下の方に反応しはじめました。株式市場でよく言われるところの、業績の「期待値コントロール」ができない状況になったのです。 


 この間、私の役割のひとつが、株価下落へのお怒りから直接会社に意見する個人株主の電話に出ることでした。長い時には一人1時間程にも及ぶお叱りのお電話。このような場合、法的に正しい教科書的な対応は、「株価は株式市場の取引の結果であるので上場企業としてはコメントできかねます」「足元の業績についてはインサイダー情報であるので、次の決算発表までお待ちください」というものです。ところがそんな説明に納得する株主はほとんどいらっしゃいません。必要なことは申し添えつつも、ひたすら相手の話を聴く。時には会社と関係ない身の上話にもお付き合いする。この期間、私は多い時には1日7〜8件の個人株主の電話対応を行っていました。

第1章(4)「楽天流・決算発表」へと続く

*写真AC(かっちゃん)

IR(インベスター・リレーションズ)の経験などに基づいたテーマで記事を書いています。幅広い層のビジネスパーソンにも読んでもらえたら嬉しく思います!