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SXのプロとIRのプロがサステナ推進、人的資本、マテリアリティ、そして「論語と算盤」を語ってみた

こんにちは。9月28日に、SXのプロの安藤光展さんと共同出版セミナーを開きました!その一部をご紹介したいと思います!

セミナーのきっかけ、2冊の本

 安藤さん(一般社団法人サステナビリティコミュニケーション協会 代表理事)は長年サステナビリティ推進に従事していて、上場企業を中心にコンサルティングを行っています。最近は月に1回くらい「うちの役員に対して話をしてほしい!」というリクエストがあって上場企業の取締役などに研修を行っているそうです。
 そんな安藤さんが8月下旬に出版されたのが未来ビジネス図解 SX&SDGs(エムディーエヌコーポレーション)です。9月1日に出した私の本ESG投資で激変!2030年会社員の未来(日経BP)とセットで読んでいただくと良い相乗効果があるのでは?とのことで開催にいたりました!


SXのプロからIRのプロへの質問、『論語と算盤』について

まずはお互い本を読んでもっと聞きたいことを質問してみました。

安藤:本の中で渋沢栄一の『論語と算盤』に触れていますよね。自分もクライアントに読むことを推奨しているのですが、さらに深く伝えたいエッセンスは?

市川:私は「論語と算盤塾」(栄一の玄孫の渋澤健さん主催)で学んだことがあります。それは、「論語」は道徳、「算盤」は経済を指すのですが、この二つは両立するものだ、ということです。
 健さんがよくおっしゃることですが「論語」「算盤」が「と」でつながっているのが大事で、"and"であって"or"ではないところがポイントです。"or"だと二項対立になってしまうが"and"はそうではない。
 本でまだ紹介していなかった一節はこちらになります。

「わたしは常々、モノの豊かさとは、大きな欲望を抱いて経済活動を行ってやろうというくらいの気概がなければ、進展していかないものだと考えている。空虚な理論に走ったり、中身のない繁栄をよしとするような国民では、本当の成長とは無関係に終わってしまうのだ。
 だからこそ、政界や軍部が大きな顔をしないで、実業界がなるべく力を持つようにしたいとわれわれは希望している。実業とは、多くの人に、モノが行きわたるようにするなりわいなのだ。これが完全でないと国の富は形にならない。国の富をなす根源は何かといえば、社会の基本的な道徳を基盤とした正しい素性の富なのだ。そうでなければ、その富は完全に永続することができない。
 ここにおいて、『論語』とソロバンというかけ離れたものを一致させることが、今日の急務だと自分は考えているのである。」

出典:『現代語訳 論語と算盤』p14~P15 渋沢栄一著、守屋淳訳╱ちくま新書

 また、栄一はESG投資の原点のようなことも言っています。

「そもそも銀行は大きな川のようなものだ。役に立つことには限りがない。しかしまだ銀行に集まってこないうちの金は、溝にたまっている水や、ぽたぽた垂れているシズクと変わりない。(中略)それでは人の役に立ち、国を富ませる動きは現わさない。水に流れる力があっても、土手や岡にさまたげられていては、少しも進むことは出来ない。ところが銀行を立てて上手にその流れ道を開くと、(中略)大変多額の資金となるから、そのおかげで貿易も繁盛するし、産物もふえるし、工業も発達するし、学問も進歩するし、道路も改良されるし、すべての国の状態が生れ変わったようになる

出典:『現代語訳 論語と算盤』p232~P233 渋沢栄一著、守屋淳訳╱ちくま新書

 市井の人のしずくのようなお金を集めて、社会と経済を良くする方向に使う、これこそESG投資の原点のようなものではないでしょうか。
 私の本で伝えたかったのは、プロの投資家が預かっている資産は、皆さんの年金のような老後の資金なんですよね。プロの投資家に、私たちの老後のお金を社会をよくする事業に投資してもらって、それできちんとリターンを得る、そういうESG投資の考え方を知ってもらいたいのですよ。

安藤:なるほど、実は壮大な話なんですね!
 明治の本ですが、「三方良し」に通じるものですよね。こういうクラシックな話って現代社会に合わないような感じもしますが、実はそもそも企業はどうあるべきか、シンプルな考え方に立ち返るということですよね。渋沢栄一を読んでESG投資の実務がわかるようになるわけではないですけど、そもそも論というか「自分の軸を作る」ためには「論語と算盤」みたいな考え方って必要なのかな、と思います。

市川:「三方良し」でいうと、先日、イギリスで数百兆円を運用する機関投資家の日本株責任者の方にお会いしました。日本の年金などのお金も預かっています。その方は特にESGの担当ではないのですが「三方良し」が大好きなんですよ。日本語は読めないのですが「サンポーヨシ!」とか言っていて気に入っていらっしゃいます。

IRのプロからSXのプロへ質問:サステナビリティ推進の組織作りはどうしたらよい?


市川
:続いて私から安藤さんへの質問です。安藤さんのご著書を読むと、サステナビリティ推進のための組織作りの話がたくさん出てきますよね。中小企業と大企業との違いについて97ページについて触れられています。その中で、組織作りのためにはトップ向け研修がよいとのことですが、トップに刺さるのはこれ!みたいなパターンはありますか?中小企業向けに。

安藤:私が10年くらい上場企業をサポートしてきた経験を踏まえると、「これからサステナビリティをスタートする会社」「今から進めようと思っている会社」に対して組織の話をする場合は、トップに「もうける仕組み作りをしましょうよ」という話からお伝えしています
 トップに対してリスク管理から話をしてしまうとサステナビリティの動きが止まってしまうんですよ。本当はリスク管理は全企業やらなければならないのですが、ガバナンスや法令巡視から始めるとコストを気にしたり縛られるように感じたりするので止まってしまうんです。最初は、最初はですよ、「サステナビリティはもうかるんですよ!」と事業機会の創出からスタートするとうまくいきます。それから組織作りを始めた会社で失敗した会社はないです。著書に「中小企業はマテリアリティから決めましょう」と書いたのはそういうことです。

市川:おお、なるほど!

安藤:もうけるため、もうかる体質になるためにサステナビリティ、ESGをやる。まさにトランスフォーメーションなんだと。
 SDGsの正式文書は "Transforming Our World" なんですよ。SDGs (2015年~2030年) は今年でちょうど半分。まだ世の中がトランスフォームしたとはいえない。企業がどうトランスフォームするか、それにはもうかる組織を作りましょう、ということです。

市川:今回本にマイミッション・インタビューを掲載したメルカリ会長の小泉さんも同じようなことをおっしゃっていました。サステナビリティを始めた当初は、「自分たちの言いたいこと」からまず開示をまとめたそうです。つまりメルカリの事業そのものがサステナビリティだから、事業成長がサステナビリティに効くことをまずバーンと出す。初年度は、いわゆるESG評価に必要な項目すべてを網羅しようとせず、全部できなくてもよい、というスタンスだったそうです。そういうことを聞いていたので、安藤さんのお話、なるほどと思いました。

人的資本についての開示について

続いて視聴者から「人的資本の開示が、昨今重要視されています。時価総額300から400億円の場合、どのように進めたらよいでしょう?」

安藤:ではまず私から。実は10月30日にまた共著で本を出すのですが、そのテーマが人的資本開示なんですよ。(『戦略的人的資本の開示 運用の実務 必須知識の体系的整理と実戦的戦略策定ガイド』一般社団法人HRテクノロジーコンソーシアム著、日本能率協会マネジメントセンター))

市川:8月に出たばかりなのですごいですね!買います!

安藤:ご質問の内容について、KPIを想定されているのだと思いますが、これは政府(内閣官房)が出している「人的資本可視化指針」を参考にしていただければと思います。政府が開示を推奨する項目が19項目あります。人材に関する項目や従業員のエンゲージメントなどがあります。もしくはISO30414人的資本に関する情報開示のガイドライン)を参考にするといいと思います。ちなみにISO30414 は中小企業と大企業に分けてガイドラインを書いていますので、ご質問のようにそれほど大きくない企業には参考になると思います。
 そして、セオリーはやはり「企業価値向上に効く項目」から書く、というのが重要です。たとえば従業員数が記載してあっても「だから何」というのがほとんどの会社だと思います。どのKPIがどう企業価値に貢献するのか、開示すれば、それを投資家やESG評価機関が高く評価してくれやすくなると思います。

社内でのサステナビリティ推進の進め方

続いての質問。「環境負荷が低い企業が低い会社に勤めていて、ESGを推進しにくい。どうしたらよいですか?」

市川:ESGのうち、一番重要なのはG(ガバナンス)なんですね。だいたいどの企業でもウェイトでいえば3割から4割。E(環境)とS(社会)は企業によってかなり異なります。Eが重要といわれるエネルギーなどの公共事業でも49%、半分に満たないんですね(注:Utilitiesで49%、Energyで43%)。しかも(Utilitiesの) 49%のうち事業機会である再生エネルギーが10.9%ポイントで、地球温暖化ガス削減は12%ポイント程度 (注:筆者がウェビナーで話した数字を一部訂正しました)。
 ではE(環境)が少ない業界だと、E全体のウェイトは10%切ってることもあるんですね。Eはそこまで重要じゃないんです。もちろん全企業がやらなければいけないですけれども。
 これは何の数値かというとMSCI という投資家がESGの格付けや評価に使っている指標(業種別)のウェイトの数字です。(MSCI Materiality Map  英語サイト)
 一方、今注目されているのはS(社会)の人的資本開示。そこで、社内にはEをあえて隠して(抑えて)、Sの人的投資で動機付けるのがよいと思います。本にも書いたのですが、人に投資、つまり給与引き上げや研修実施などを行うと企業価値が向上する、という調査データが出始めています。人に投資といって反対する経営者はあまりいません。反対したらセンスない経営者ですよね。
 また、B2Bの会社なら「責任ある調達」の下、トヨタやアップルのようなグローバルのトップ企業は、ESGで取引先を選定し、満たさない場合は排除します。「ESGをやらないとビジネスがなくなります」というのもプレッシャーを与えられていいと思います。

安藤:あと法改正の動きもありますよね。早ければ2023年3月期有価証券報告書(有報)で人的資本などのサステナビリティの開示義務化が予定されていますよね。

市川今日の日経の記事にも出ていましたよね。

安藤:「社長、これ、有報での開示義務になるらしいんですよ!」データによっては1週間で取れないものもあります。「今はじめないとダメです!」と外圧を使うのもありですよね。

ESG開示が問われる企業の時価総額のサイズが低下

市川:またESG投資家が、上場企業のESG開示を問う時価総額のサイズも下がってきています。「時価総額が大きくないからESG関係ない」というのは2年前までのこと。
 もちろん業績が良くないとダメです。ですが、投資家が企業の業績を調べ、「良い会社だな」と思ってESGを調べてみると、まったく開示されていないから投資できない、ということが起こっています。「開示されていないイコールやってない」としか見られません。たとえば日本企業であれば法律で決まっていて必ずやっているはずの内部通報制度すら開示されていない。(注:開示されていないのに投資したら「ESGウォッシュ」になりかねない。)
こんな開示のなさでは投資できません!ということが中小型の企業にも広がってきているのです。あ、内部通報制度もESGです。
 ひと昔前なら時価総額5000億円ほどの企業に求められていたESG情報の開示が、ずっと下の、時価総額が数百億円ほどの企業まで必要になっています

やはり「人」が大事

安藤:ESGやらされ感が強いという視聴者の方へ。価値の創造のために、何から開示するか?価値をつくるのは人ですよ。人が重要だと、渋沢栄一も、ピーター・ドラッカーも、ソニーの盛田さんも本田宗一郎さんも散々言ってきました。
 まずS、人的資本の開示から、始めるべきではないでしょうか

おわりに

 全部は紹介しきれませんでしたが、60分という短い間に色々なことを話せましたし、私自身も勉強になりました。安藤さんの人的資本の本、予約しました。企業の価値に効く、平たくいえば儲けるためのESGは何か、それを見つめなおすことがSX (Sustainability Transformation)ですね!

 なお、今回、参加された方からはこんな声がありました。

人的資本、今朝の日経新聞の「戸惑う企業」とありましたが、戸惑う担当者代表として「で、どうしたらいいの」という気持ちで読んでおりましたのでセミナー大変参考になりました。

グロース企業 経営企画

「リスクマネジメントじゃなくて、儲ける仕組みづくりをしよう」が印象深いです。

グロース企業 IR

『論語と算盤』、読んでみようと思いました!本質的なところは変わらないのですね。

プライム企業 社外取締役

ご参加された方、そして安藤さん、ありがとうございました!

ーENDー


IR(インベスター・リレーションズ)の経験などに基づいたテーマで記事を書いています。幅広い層のビジネスパーソンにも読んでもらえたら嬉しく思います!