見出し画像

復興支援とサステナビリティと株式市場

 楽天に勤務していた頃のIR(インベスター・リレーションズ)の仕事を綴った『楽天IR戦記』の第6章「東日本大震災と直後の株主総会」について振返ります。あれから10年。この章の最後の文、「非常時、世の中全体が社会的使命を果たそうとする中、株式市場も、経済的利益と社会的利益を両立させる企業を好ましいとする姿勢が見られたのです。」を再考します。
(第6章は以下公開中ですが、読まなくてもわかるよう一部内容を重複させています。)

 2011年、震災後しばらくすると、被災地は「モノがない」状況が徐々に改善され「仕事がない」ことの深刻さを増してきました。この時に私が聞いたのは、楽天市場の水産品ショップ「愛情たらこのみなと」を運営する石巻市の湊水産の話です。実店舗も工場も何もかも津波で流されてしまったけれども、楽天市場にはアカウントがある。楽天市場を通じて全国にファンが残っている。「楽天市場があればまた店を再開することができる」ということでした。

 実際、湊水産は、あの日からの始まった「あきらめない」道のりを10年歩いてきました。今日ショップをのぞいてみたら、この10年を振り返った思いが綴られていたのでリンクにて紹介します。

 もちろん、この復興は、湊水産の方たちご自身の大変な努力の結果にほかならないのですが、そのきっかけをわずかでも提供できたのであれば、当時楽天に属していた者としてうれしく思います。(私個人は何もしていないので偉そうなことはいえませんが)

 当時、他の多くの企業・団体がしていたように、楽天は寄附やボランティア活動も広範に行っていました。寄付額は会社として3億円のほかに、社長の三木谷さん個人で10億円でした。しかし、被災された人々に「持続的な」復興をしてもらうには、寄附のような一時的な収入だけでなく、「仕事をつくる」ことが必要だったのだと、10年後の今、わかります。三木谷さんは、被災地の出店者に、「社会貢献活動」ではなく「事業」として楽天市場のサービスを通常の条件に近い形で使ってもらうことにこだわっていたと記憶しています。

 もっと社会貢献的に行ってよいのではと、私は少し不思議に思っていました。今考えると、三木谷さんの考えはまさにサステナビリティだったと思います。もし一時的な親切心で無償で行った場合、業績不振などの問題が発生すると企業として支援を永遠には続けられないかもしれません。そのような場合、支援を受ける側が独り立ちできる事業となっておらず、すぐに立ち行かなくなるでしょう。そうではなく、楽天の本業として提供するサービスの上で、被災者が収入を得ることが可能で、それが通常のビジネスであれば、楽天の支援がなくても力強く事業を作れるでしょう。つまり、お互いにとってWin-Winの状態であり永続できるはず。神戸出身で阪神淡路大震災で親戚を亡くされた三木谷さんだからそのような理念があったのかもしれません。

 そして株式市場も、この「本業を通じた支援」に好感を抱いてくれました。元々、楽天の創業は、たとえ地方の小さなお店であっても、インターネットの公平性によって販路を全国に展開できると信じたことからはじまっています。常日ごろの投資家とのコミュニケーションにおいて創業の理念を伝えていました。ある投資家に、上記の湊水産のエピソードを話すと、すぐに理解を示され「それは楽天らしいですね」と言ってくれました。
 楽天に限らず、災害伝言板をいち早く立ち上げたヤフーなど、他にも本業を通じた支援を行うインターネット企業について高い評価をしてくれていました。証券会社のアナリストは本業で復興支援を行う会社をレポートにして株式市場に発信していました。
 冒頭に書いたように、非常時、株式市場も、社会的利益と経済的利益を両立させる企業を好ましいとする姿勢が見られたのです。

 しかし、実は震災後、1年も経たないうちに、株式市場は元に戻ってしまったような気がしていました。元に、というのは、経済的利益重視に。プロとしてお金を預かる機関投資家としては当然のことかもしれません。資金の出し手である年金や投信、さらにその先にいる一般市民の利害・関心(英語ではどちらもinterestですね)が、資産運用益を上げることである限り仕方のないこと、と思っていました。

 ところが、ここに来て、皆さんもご存知のとおり、ESG投資への大きな流れが見られます。ESG投資の考え方の基本は、社会的利益と経済的利益を両立する企業に投資するというものです。特に背中を押しているのが2020年の新型コロナウイルス感染拡大です。この厄災の中、欧米機関投資家を中心に、これまでよりE(環境)とS(社会)についての関心が高まっています。去年の11カ月で約30兆円もの巨額の資金が動きました。それは資金の出し手である一般市民の、社会の持続的可能性への利害・関心(interest)がかつてないほど高まり、年金・投資信託などを通じて、機関投資家への圧力になっているのです。

 東日本大震災は、日本のある限られた地域の災害でしたが、新型コロナウイルスは世界中の人たちが被災者といっていいでしょう。しかもまだ収束には時間がかかりそうです。人々の価値観がすっかりと変化し、その価値観はお金の流れへと反映されると私は信じています。

ーENDー

 

IR(インベスター・リレーションズ)の経験などに基づいたテーマで記事を書いています。幅広い層のビジネスパーソンにも読んでもらえたら嬉しく思います!