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ベニシア・スタンリー・スミスさんが今年の6月にお亡くなりになった。
ご病気だったのは知っていた。どうかどうか、少しでも辛くない最期であったらいいなと思う。

ベニシアさんは私の支えだった。

私は生涯少女趣味なので、当然ガーデニングが好きである。花冠とか作れる。かわいいね。
しかしマンション暮らしが長く、夢に見た花が咲き乱れるお庭とは縁遠い生活をしてきた。

昔、狭い部屋なのにやけに広い庭がついた木造アパートで暮らしていたことがあり、その時は「きっとこれが私の最初で最後の庭になる」と大喜びで花を植えていた。
そんな時、ベニシアさんの番組「猫のしっぽ、カエルの手」を知った。当時すでに再放送だった気がする。

とにかく最高だった。
音楽、ナレーション、そしてベニシアさんの柔らかく芯の強い生き方が素敵だった。

ベニシアさんは、イギリス貴族の出身だ。
華やかな社交界、遊戯、そんな生活が肌に合わず、19歳でバックパッカーとしてインドへ渡り、日本人男性と結婚し以来京都の古民家で暮らしていた。
これだけで全ての乙女が憧れてしまうのだが、とにかく京都での暮らしが素敵だった。
ハーブ研究科である彼女の庭は、本当に私の夢だった。
古民家を手入れして大切に使い、四季のある楽しみと一緒に暮らしていた。

当時色々なことに悩み、自分を責めて迷っていた私は、そのたびにベニシアさんの番組を何度も観た。
無理のない範囲で、日本の四季や文化の中に楽しみを見つけられるようになったのは、ベニシアさんがいたからだ。
ゆっくり、焦らずね。そう言われている気がした。

さて、今の新居には道路に面した花壇がある。
道路に面した花壇。ガーデナーたちのひとつの理想ではなかろうか。
私の花壇の前を人が通る。
素通りする人がほとんどだけれど、手を繋いで歩く母親と小さな子供が「おはな、かわいいね」と高純度の平和を落としていくこともある。
鳥が水飲みにきたり、犬が花をムシャムシャ食べようとすることもある。どうぞどうぞ。

みんなが毎朝通る、毎晩帰ってくるなにげない場所に、少しでも彩を添えられるということが、閉鎖された庭よりもシンプルにモチベーションに繋がる。

こんなに好きなのに、ベニシアさんの番組を何度も観たのに、ずぼらな私は植物の世話が得意ではないし、花の名前もほとんど知らない。
ただ生活の中で、春に咲く美しい花、夏に咲く鮮やかな花、秋に咲く儚い花、冬に咲くあたたかい花、という感じでウフフと見てきただけである。

それでも花屋に通うようになると、少しずつ季節の花の名前や、流通しやすい花の種類なんかを覚えてくる。
店員さんに相談して、花言葉も調べたりして、うんうん悩んでは苗を買う。せっかく買っても上手く世話ができず枯らしてしまうことも少なくない。

それから、ご近所の軒先で同じようにガーデニングをしている場所を覚えるようになった。
どのご家庭も似ているところと、趣味に個性が出るところがある。
今のような季節の変わり目はとくに面白く、これから真っ赤になるコキアを植えているところ、夏から元気に咲いているマリーゴールドをかなり大きく咲かせているところ、私の知らない白くて美しい花をしっとりとセンス良く植えていたりすると震える。
私も最近植えた千日紅は、やはり植えているご家庭が多く、あはは、やっぱり千日紅植えますよね〜、なんて思いながら前を通る。
いつかお会いできたら、こんにちは、お花素敵ですねと声をかけてみようかななんて思っている。

話は戻るが6月、ベニシアさんが亡くなってしまった。
悲しいとか、寂しいとかではない、そうか…という気持ちになっている。
私は彼女に手紙の一枚も書いたことがないし、国内なのに、会いに行こうと思ったこともなかった。
それでも今こうやって、忙しい日々に小さな癒しを得られているのは少なからずベニシアさんのおかげだ。

秋の寄せ植えはどうしようか考えていたら、花屋でキャットテールを見つけた。外に出しておくと冬には枯れてしまうけど、これだ!と思った。
番組名「猫のしっぽ、カエルの手」の猫のしっぽは、このキャットテールのことだ。
ベニシアさん、私、キャットテールの寄せ植えを作りました。

来月は秋植えの球根の季節。既に大量の球根を注文している。
球根を植えたら、その上に同じ色の花の苗を植える。
今咲いている花を見ながら、来春に中の球根が育ってこの色の花が咲くんだなと想像して楽しみにする。
咲き終わった球根の茎は縛る。
ベニシアさんが言っていたことだ。何度も聞いた。
コンフリーをうまく育てられたら、冬はハンドクリームを作る。

今はまだ、忙しくて忙しくて、これが精一杯だ。
子供や、住民のお姉さんが「お花きれいですね」と褒めてくれるだけで充分幸せだ。

でもいつか、と思う。
ミシンもまたできるようになるかもしれない、クリスマスやお正月にはカードが作れるかもしれない。
器用な旦那さんが、私のためにバルコニーに藤の花が咲く屋根付きのベンチを作ってくれるかもしれない。

暖かい、私が安心して暮らせる場所でのんびりできるかもしれない。

ゆっくり、焦らずね。

ありがとうベニシアさん。ご冥福をお祈りします。

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