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翻案と劇中劇 ―MANKAI STAGE『A3!』~SPRING & SUMMER 2018~論

※第27回シアターアーツ賞に応募した時の原稿です。

日本は、海外の文化を翻案して取り入れることで、独自の進化を遂げている面がある。明 治時代には、黒岩涙香らに多くの海外の小説が翻案された。戯曲「ハムレット」も、1903 年 に紹介された時は翻案での舞台上演であった。
現在も、日本では古典とされる戯曲の翻案が盛んである。特にシェイクスピアの戯曲は翻 案もととして、多く取り上げられている。2022 年には、たとえば末満健一による「ロミオ とジュリエット」を翻案とした、「浪花節シェイクスピア 富美男と夕莉子」などが上演され ている。2023 年には、劇団☆新感線プロデュースで、「オセロ」の翻案である「ミナト町純情オセロ~月がとっても慕情篇」が上演される予定だ。『シェイクスピア時代の読者と観客』 (山田昭廣)では、シェイクスピアが活躍した当時に、活版技術の発達によりギリシアの古 典演劇などが戯曲として「コモンセンス」となったがゆえに、シェイクスピアの戯曲作中に も、ギリシア古典演劇の引用がされていることが言及されている。現在の日本では、シェイ クスピア活躍当時のギリシア演劇に相当するものが、シェイクスピアの戯曲となっている、 と言える。
日本では当たり前の「翻案」した戯曲を、作中劇として用いている演劇がある。2018 年 から上演されている「MANKAI STAGE『A3!』」である。ソーシャルゲーム「A3!」を原作 とした舞台化、つまり2.5次元舞台のひとつだ。
まず、「MANKAI STAGE『A3!』」の原作について説明しておこう。ソーシャルゲーム「A3!」 は 2017年にリリースされた、演劇をテーマにしたゲームである。すでに、アニメやゲーム を原作とした、いわゆる2.5次元舞台が数多く登場している時期のリリースということも あって、アニメやゲームを嗜む女性オタク層にも馴染みのあるテーマといえた。メインスト ーリーのシナリオには、演劇という媒体への知識の浅さが滲んではいる。しかし、声優陣の フルボイスでストーリーを展開することによって、声優によって演じられるキャラクター の演技の上達を、何よりプレイヤーは理解する。声優の演技によって、演劇の奥深さを垣間 見ることができるゲームである、と言える。また、ストーリーラインは同じのまま、劇中劇 の配役をゲーム本編のメインストーリーから変更して好きなキャラに演じさせることがで きる機能(ゲーム内機能「お芝居」の中にある「観劇準備」)が存在する。
ソーシャルゲーム「A3!」メインストーリーでは、作中劇として、古典作品が翻案された 劇が登場する。今回は、初演である 2018 年の「MANKAI STAGE『A3!』~SPRING & SUMMER 2018~」に関連した原作ストーリーについてのみ、言及することとする。「A3!」 の作中で登場する劇団 MANKAI カンパニーは、春組、夏組、秋組、冬組の四つの組が時系 列を経て結成されていく。「MANKAI STAGE『A3!』~SPRING & SUMMER 2018~」で は、春組と夏組の結成が描かれ、それぞれの組が劇中劇も演じている。春組の演じる劇は「ロ ミオとジュリアス」で、シェイクスピアの戯曲「ロミオとジュリエット」を翻案したもので

ある。夏組は、「Water Me! 我らが水を求めて」で、「千夜一夜物語」の翻案作品である。 「MANKAI カンパニーは男性のみで構成される劇団である」という前提が存在すること から、ゲーム内劇中劇「ロミオとジュリアス」ではジュエットは「ジュリアス」と性別を変 えられる。「ああ、ロミオ! あなたはなぜロミオなの!」という「ロミオとジュリエット」 の戯曲を読んだことや上演されている演劇を直接観たことがなくても、多くの人が知って いる言い回しで、興味を引く。ロミオとジュリアスは、思い人を同じくする恋敵として描か れ、同時に二人は失恋し、ロミオとジュリアスは家柄を捨て、友情でもって共に生きること を選ぶ筋書きだ。アニメや漫画などの二次元コンテンツで「ロミオとジュリエット」に絡め たエピソードが描かれる時には、多くは文字通り「ロミオ」と「ジュリエット」にのみ言及 されることが多いが、ソーシャルゲーム「A3!」については、翻案もとの戯曲を踏襲して、 マキューシオとティボルトが登場する。ソーシャルゲームのストーリーから、戯曲や演劇自 体にも親しんでもらえるような構造となっているのだ。「MANKAI STAGE『A3!』~SPRING & SUMMER 2018~」では、劇中劇「ロミオとジュリアス」はテンポのよいミュージカル的 な展開を見せる。演劇の中に演劇を入れ込むことで、キャラクターという次元と「ロミオと ジュリエット」の世界観という次元を往還する舞台となる。夏組旗揚げ公演「Water Me! 我らが水を求めて」は、「千夜一夜物語」をベースにしているが、翻案元作品からの改変が 大幅であるため、シンドバッドに「だ、大丈夫、原典通りだから。元々、船乗りシンドバッ ドの冒険譚を荷担ぎシンドバッドが聞くって筋で...」と言わせ、アリババに「突然のメタ。 夢から覚める!」とツッコミを入れる(戯曲 MANKAI STAGE『A3!』~SPRING & SUMMER 2018~ 273ページ2~4行目より引用)。メタ展開は、漫画やゲームでも「お 約束」のひとつであり、本作は古典作品の原典でやって見せる。「ロミオとジュリアス」同
様、古典作品自体への親しみを促す工夫になっている。
「MANKAI STAGE『A3!』~SPRING & SUMMER 2018~」は、ストーリー展開で分け て二幕構成になっている。第一幕は、原作ゲームでの第一幕「The Show Must Go On!」(メインストーリーの一番最初にあたり、春組結成エピソード)を原作に、春組劇団 員の稽古の様子と、彼らの初演として劇中劇とでそれぞれ構成され、第二幕は、原作ゲーム での第二幕「克服の SUMMMER!」(メインストーリーの二番目であり、夏組結成エピソ ード)を原作に、夏組劇団員の稽古の様子と、彼らの初演として劇中劇が描かれる。それぞれ春組と夏組とで、稽古の様子と劇中劇を描くことにより、観客は三つの役割を劇場内で座席に座る観客であるだけで「演じる」ことになる。
観客は、まず、「劇団員の稽古」パートでは、原作ゲームの主人公である「監督」という 立場としての役割を振られる。次に、「劇団員の稽古」の一環として、ストリート ACT(即興劇を路上パフォーマンスすることを作中でこのように呼称する)をキャラクターたちが 行う際は、我々観客は、「天鵞絨(びろうど)町の通行人」としての役割を担うこととなる (天鵞絨町は、MANKAI カンパニーの劇場が立つ町であり、小劇場が立ち並ぶ演劇の聖地と設定されている)。最後に、劇中劇パートでは、MANKAI カンパニーの舞台を観にきた観 客としての役割を与えられる。「MANKAI STAGE『A3!』~SPRING & SUMMER 2018~」 という演劇は、観客という役者がいなければ完成しない舞台なのである。まさに、「世界劇場」という思想が導入された演劇である。
「MANKAI STAGE『A3!』~SPRING & SUMMER 2018~」は、原作ゲーム「A3!」の 持つ「演劇」というテーマに、さらに演劇で「A3」という題目を「再演」する付加価値を生 んでいく。原作がゲームや漫画である2.5次元舞台は、観客ファーストであることを目指 していくことで発展したコンテンツ形態である、と考える。実際、他の2.5次元舞台にも、「MANKAI STAGE『A3!』」(通称エーステ)の影響がみられる。アイドル育成ゲーム「あ んさんぶるスターズ!」の2.5次元舞台「あんさんぶるスターズ!THE STAGE」は、2016 年から上演されているシリーズだが、新たな試みとして、原作ゲームとタイアップした、劇団『ドラマティカ』という公演を 2021年から開始した。「ゲーム内キャラクターたちが劇団『ドラマティカ』を結成し、劇団での公演を行う」という前提で上演される演劇形態であ る。いわば、エーステにおける劇中劇のみを単独で上演したような形である。第一回公演が 古典作品「西遊記」の翻案作品「西遊記悠久奇譚」、第二回公演が「Phantom and Invisible Resonance」で翻案なしのオリジナル2.5次元舞台だ。
今後も、2.5次元舞台では独自の発展が進むだろう。コロナ禍など、情勢は日々変わっ ていくが、演劇という灯がこれからも道を照らす未来があるように、願うばかりである。


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