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人間性心理学入門:ヒトのもつ潜在的可能性の追求

お世話になっております。まるです。
本日は人間のもつ潜在的可能性を追求する心理学、人間性心理学について解説を行いたいと思います。

人間性心理学について

人間性心理学の特徴

人間性心理学とは、数ある心理学の分野の中でも、特に人間の潜在的可能性について着目した一大潮流です。
人間性心理学は以下のような特徴を持っています。

  • 人間が持つ潜在的可能性に注目し、その実現に至る過程を研究し手助けする。

  • 哲学における実在論や現象学から影響を受けている。

    • 実在論:
      「今-ここ」に生きる自分自身を、その瞬間ごとの可能性を自分の意思で選択する存在とみなす立場。

    • 現象学:
      既存の枠組みや常識を一切取り払って物事をありのまま見て、目の前の現象をいきいきと経験していく学問。

  • 病的な人々のみを対象とするのではなく、健康な人も対象範囲に含めている。

人間性心理学の成立背景

人間性心理学が成立する同時期の心理学界は、二つの勢力が支配していました。一つは行動主義心理学、もう一つは精神分析学です。
第一勢力の行動主義心理学は、人間を客観的かつ科学的に研究することを目指します。自然科学の客観的実験手法に重きを置き、主観的なデータに科学的価値はないと退けます。そのため、客観的に観察可能な刺激と反応から人間の行動を分析しようとしました。
第二勢力の精神分析学はフロイトにより創始された心理学の勢力です。精神分析学では、人間を無意識の領域であるイドから生じる、原始的かつ本能的な欲動に駆り立てられる存在だと位置付けています。

しかしながら、当時の心理学者の中には、この双方に疑問や不満を持つ人々がいました。行動主義心理学は、人間の行動を刺激と反応に還元してしまいました。しかし、そうした実験室から得られた結果を積み上げても、本物の人間像を再現するのは不可能でしょう。そもそも人間には心や意識、主体性があり、これらを無視して人間を語ることはできません。また精神分析学は、人間の行動の原因に無意識を位置付けましたが、極端に無意識に決定づけられていて、そこには人間の自由がありません。
そのような流れのなかで、実験室のデータだけでは分からない人間の内側について扱い、かつ人間を全て無意識に委ねた者とせずに主体的な存在とみなす心理学として、人間性心理学が誕生しました。

この記事で扱う範囲

人間性心理学はその定義の曖昧さから、論者によってどの理論・療法を人間性心理学に含めるかが異なります。
今回の記事では、以下のトピックについて順番に解説していきたいと思います。

  • 欲求階層説

  • クライエント中心療法

  • フォーカシング

  • ロゴセラピー

  • ゲシュタルト療法

欲求階層説

欲求階層説の概略

欲求階層説は心理学者マズローによって提唱された理論です。この理論では、人間は
階層化された五つの基本的な欲求があると主張します。

欲求階層説のイメージ図

第一に「生理的欲求」です。これは人間の生命維持のための基本的な欲求であり、食欲や睡眠、排泄、性欲などがあります。
第二に「安全の欲求」です。これは危険を回避し、安心感を得たいという欲求です。安全や安定、依存、保護、さらに恐怖・不安・混乱からの自由、構造・秩序・法・制限などを求める欲求の総称になります。
第三に「所属と愛の欲求」です。これは集団に所属し、仲間や友人を得たいという欲求です。人は孤独や追放された状態、拒否された寄る辺ないままに生きている状態を続けるのは困難です。こうして家族や恋人、友達、同僚などに目が向いて、共同体の一員として温かく迎えられたいと思います。
第四が「承認の欲求」です。これは他者から認められたいという欲求であり、評判や信望、地位、名誉、栄光などを得たいという想いです。また自分自身に対する自分の評価、つまり自尊心に対する欲求も承認の欲求に入ります。
第五が「自己実現欲求」です。これは理想とする自分の姿に近づきたいという欲求です。言い換えれば人が潜在的に持っている可能性を最大限開花させて、より一層自分自身であろうとする欲求が自己実現欲求になります。

自己実現

欲求階層説に出てくる五つの欲求の中でも、マズローが特に関心を寄せたのが、自己実現欲求です。マズローは自身が自己実現を満たした人だと思った身近な人をピックアップし、その特徴を網羅することで、自己実現的人間の特徴を追求しました。
全ての特徴は論文「自己実現的人間 ー 心理学的健康の研究」に詳しく挙げられており、全部で15項目存在します。この記事では15項目すべての特徴については触れませんが、代表的な特徴である「課題中心的」と「至高経験」について触れたいと思います。

課題中心的

ここでいう課題中心的とは、人生において何らかの使命や達成すべき任務、自分たち自身の問題でない課題をもっていて、それに多大なエネルギーを注ぐ傾向を指しますつまり自己実現的人間は、自己中心的ではなく課題中心的な態度をとるということです。
自分たち自身の問題でない課題とは、真や善、美、正義、豊かさなど、人間がおしなべて認める価値です。マズローはこのような価値を存在価値(Being価値/B価値)と呼びました。そしてマズローは自己実現的人間が、その人が自分に与えられた仕事、いわば天職を通じて、こうしたB価値を追求する傾向が強いことを見て取ります。
自己実現的人間にとって仕事はB価値を達成するための手段です。仕事はB価値に至るための手段として愛されるのであって、彼らが真に追求しているのは、仕事ではなくその先にあるB価値だということです。

至高体験

至高体験とは、人間の最良の状態、人生の最も幸福な瞬間、恍惚、歓喜、至福や最高のよろこびを総括したものです。至高体験は、宗教的な活動、偉大な交響楽や悲劇に触れること、映画や探偵小説に凝ること、さらには自分の仕事に没頭することでも体験できるとマズローは考えました。マズローの身の回りの自己実現的人間がたびたび至高体験を体験していることは、マズローにとって興味を強く引くことでした。

クライエント中心療法

クライアント中心療法の成立背景

クライエント中心療法は、心理療法家ロジャーズにより提唱された心理療法です。ロジャーズは心理療法の現場であることを発見します。それは彼がカウンセリングの場において、クライアントがどのような悩みを持っているかに関わらず、クライアントの言葉に耳を深く傾けると、より自由に、より自分らしく生きていくようになることでした。
この経験から彼は、クライエントの成長可能性が最大限に開花するような場さえ提供されれば、クライエントは自然に心理的成長を遂げると考えました。そしてカウンセラーの仕事とは、クライエントが安心して自らの問題に取り組めるような場を提供するために基本的な態度を保持することであるとしました。
クライエント中心療法においては、以上のようにクライエントの成長可能性に最大の信頼をおいており、カウンセラーはクライエントに指示を出さないで傾聴に徹することから、非指示的な心理療法に分類されます。

自己概念と経験

自己概念・経験・自己一致の関係性

ロジャーズは人間のパーソナリティを考えるにあたり自己概念経験という二つの概念に注目しました。自己概念とは、クライエント自身が抱いている自己像であり、経験とは、クライエントが現実に体験していることです。自己概念と経験の重なりは自己一致と呼ばれ、自己一致の領域が大きいほど適応的であるとしました。
不適応状態に陥っているクライエントは自己一致の領域が小さくなっています。しかしロジャーズは、人は誰もが自己概念と経験を一致させていこうとする自己実現傾向を持つと考えており、カウンセラーとの適切な関係性さえあれば、クライエントは自己実現傾向を発揮できるよう、自ら変化していくのだと考えました。

カウンセラーに求められる態度

ロジャーズはカウンセラーに求められる態度として、「無条件の積極的関心」「共感的理解」「自己一致」という三つの態度を提唱しました。

  • 無条件の積極的関心:クライエントに対して条件付け、つまり「このような条件付きであなたの存在を認めましょう」という態度をとるのではなく、ありのままの条件で受け止めること。たとえ矛盾する感情・価値観の下にあっても、それらのすべてをかけがえのないクライエント自身のありようとして大切にしてゆこうという態度。

  • 共感的理解:クライエントの私的な内的世界を、あたかもクライエントであるかのように感じ取ろうとし、そのような態度で感じられたことをクライエントに丁寧に伝え返していくこと。ただし、このことはクライエントの感じていることをカウンセラー自身の感じとして無理に取り込むこととは異なる。あくまで「クライエント本人はこのように感じているのだろうか」とたゆまぬ理解に努める態度。

  • 自己一致:クライエントとの関わりにを通してカウンセラーの中に生じてきている「感じ」が、カウンセラーの言動や振る舞いと一致しているということ。ただし、これは心理療法の過程でクライエントに対して生じた否定的な考えをそのまま言葉にすると言うことではない。もしクライエントに対する否定的な「感じ」が生じたときは、その感情をクライエントに伝えなければクライエントの前に十分に存在することができないと感じ、クライエントの人間的成長を促進すると判断されるときにだけ、細心の注意を払いつつその「感じ」をクライエントに伝え返すこととなる。

フォーカシング

フォーカシングの成立背景とその内容

フォーカシングを提唱した臨床心理学者ジェンドリンは、クライエント中心療法を提唱したロジャーズの門下生でもあり共同研究者でもありました。
ロジャーズとジェンドリンがプロジェクトで注目し、着手したのは、カウンセリングの成功事例と失敗事例の比較研究でした。カウンセリングには成功する例もあれば失敗する例もあります。その違いはどこで生じるのか、この点を明らかにしようとしたのがこの研究です。
この研究の結果、成功するカウンセリングでは、クライエントが決まって、しばしば沈黙の時間を取ることが分かりました。この行為を詳しく検討すると、それはクライエントが自分の内側に耳を澄ませ、内面にある曖昧な何かを言葉にしようと努めていたのでした。このような「からだで感じているけれどうまく言葉にならない気づき」を、ジェンドリンはフェルトセンスと呼びました。そして、フェルトセンスに注意を向けて、そこで感じられたものを言語化したり、イメージ化したりする過程のなかで、さらに新しい気づきが得られていたことが明らかになりました。このことをフェルトシフトと呼びます。
クライエントがフェルトセンスに触れ、フェルトシフトに至る過程全体が広義のフォーカシングであり、これに至るための技法・練習法が狭義のフォーカシングです。

フォーカシングの活用範囲

フォーカシングは自己援助や問題解決、創造的な仕事などにも活用できます。また心理療法の様々な技法と統合して用いることもできます(フォーカシング指向心理療法)。例えば、カウンセリングにフォーカシングを導入したり、クライエントに対して方法としてのフォーカシングを教えることもあります。またセラピストがフォーカシングをすることは、自己理解はもちろん、心理療法の理論やエッセンスを体感できるため、スキルの向上にも役立つでしょう。

ロゴセラピー

ロゴセラピーとは

ロゴセラピーのロゴは、ギリシア語で「意味」を表します(ロゴスと同じ語源)。ロゴセラピーは、患者が自分なりの仕方で「生きる意味」の問題に悩み苦しみ、それに対する答えを出していくプロセスをしっかりと成し遂げることができるように援助する心理療法です。創始者は心理学者フランクルです。彼は「自分の存在が何の意味も持っていないという感情」「底なしの意味喪失感」を実在的空虚と呼びました。ロゴセラピーではこの実在的空虚の克服を目指します。

三つの価値領域

フランクルによれば、人生において実現すべき意味は「創造価値」「体験価値」「態度価値」の三つの領域に区分されます。

  • 創造価値:何か活動し創造することによって実現される価値のこと。具体的には、その人になされるのを待っている仕事、その人に創造されるのを待っている芸術作品などを指す。ここで仕事に関しては、どのような職業についているかをフランクルは問わない。大事なのは自分の与えられた仕事においてどれだけ最善を尽くすかであり、創造価値においては仕事の「活動半径の大きさ」は問題ではなく、「人がその使命圏をどれだけ満たしていけるか」が重要であると考えられる。

  • 体験価値:何かを体験することによって、つまり自然の体験や芸術の体験、誰かを愛する体験によって実現される価値のこと。真善美の体験や人との出会いによって、世界から何かを受け取ることによって実現される価値であるとも言える。

  • 態度価値:自分自身ではどうしようもない状況、変えることのできない運命に直面した時、その窮状に対してある態度を取ることによって実現される価値のこと。人間は「変えることのできない運命」として、死や病、障害といった悲劇的状況だけでなく、家柄や育てられ方、就学先、就職先、結婚相手などの諸々尾の全て、つまり過去の一切が、その人にとっては変えることのできない運命となる。フランクルによれば、あらゆる人は、自らのこの運命に対してどのような態度を取るか、その運命をどう引き受け、そこから自分の人生をどう創っていくかを問われている。そして、各人がそこで取る態度によって実現される価値を「態度価値」と呼ぶ。

ロゴセラピーの技法:逆説志向

ロゴセラピーにおいて、代表的な技法が二つ知られています。その一つは逆説志向と呼ばれるものです。逆説志向は、症状を過度に意識する患者に、あえて意識させる手法です。以下で具体例を二つ紹介しましょう。

  • 激しい発汗恐怖を持ち、自分はひどく汗をかくのではないかと恐れ、この恐れがさらに発汗をひどくするという悪循環に苦しんでいた患者に対して、「あなたはまだ一リットルしか汗をかいていないので、せめて十リットルはかいてください」と言い聞かせた。すると彼は一回の面接で発汗恐怖から解放された。

  • 人前に出ると胃がごろごろ鳴るのに困っていた患者に対して、この患者は胃が鳴るのは自分に一生つきまとうことだと諦め、他の人と一緒に自分の胃が鳴るのを笑い始めた。すると間も無く、胃は鳴らなくなった。

逆説志向はフランクルによれば「ユーモアのセンスに含まれる自己離脱という能力」を使った技法であると説明されます。逆説志向の目指すところは、患者に自分のノイローゼを笑い飛ばさせることによって、自分のノイローゼに対して距離をおく感覚を発展させることです。
これは上記の「三つの価値領域」における「態度価値」と関連していると言えるでしょう。自分ではどうしようもできない自身の症状について、それに悩むのではなく、笑い飛ばせる程度に受け入れるという態度をとることで、症状を克服するのです。
ただしフランクルは逆説志向は無闇に用いられるべきではなく、個々の患者状態に応じて慎重に用いられるべきことを指摘しています。特に鬱病の患者に逆説志向を用いることは厳しく禁忌とされています。

ロゴセラピーの技法:脱内省

ロゴセラピーの代表的な技法のもう一つは、脱内省と呼ばれる技法です。これは、自分や自分の行為についての、あるいはその行為の結果についての過剰な「内省」を「やめる」「取り除く」という方法です。脱内省では、患者に自分の症状に目を向けるのをやめて、なすべき仕事や愛する人といった「自分に与えられた人生の意味」に対して意識を向け変えよと説くのです。

ゲシュタルト療法

ゲシュタルト療法の概略

ゲシュタルトという言葉は、もともと「形」「全体」「閉じる」「完結」「統合」を意味するドイツ語からきています。精神科医パールズにより提唱されたゲシュタルト療法では、クライエントが自らの欲求を「形」にして表現したり、人や物事を「全体」として捉え、終わっていない経験を「完結」へと目指し、まとまりのある方向へ人格の「統合」を目指すことを援助していきます。
例えば「完結」に関しては、未完結の経験という考えがあります。これは、中途半端な不満足な経験、完結していない経験で心に残ってしまうものを指しており、いわゆる心残りといえば分かりやすいかもしれません。ゲシュタルト療法では、この未完結の経験を「今-ここ」に生きる自分に再体験させることにより、完結させることを目指します。
また「統合」に関しては自己疎外現象があります。これは怒りや悲しみなどの感情が知覚された時、それを表出すべきでないと一途に言い聞かせたりすることによって、体内で感情と身体とが各々バラバラに経験される過程から引き起こされます。自己疎外現象に対しても未完結の経験と同様、実在論的に経験を再体験させることによって、感情と身体の統合を追求します。

エンプティ・チェア技法

ゲシュタルト療法の有名な技法としては、エンプティ・チェア技法があります。これは患者の前に空の椅子を用意し、患者のイメージの中に浮かんできた自己や他者を座らせ、対話をするものです。例えば、セラピーの中で父親から児童虐待を受けていたことを喋っている患者に、「今、仮にこの椅子にお父さんが座っているとしたら、どのようなことを言いたいですか」というようにセラピストが介入します。
この技法の狙いは、患者にあたかも「今-ここ」で父親と対面しているかのように感じさせることです。その中で、患者は父親へ怒りの感情や自責の感情、伝えたいことを言語化し、自分の気づきを得ることで、未完結の経験や感情を完結へと導かれるようにします。

おわりに

以上、今回の記事では人間性心理学について解説を行いました。
もしこの記事を気に入ってくださった方は、是非いいねを押してもらえると嬉しいです。
それでは、最後までお付き合いくださりありがとうございました。

参考文献

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