盗んではならない

どうもマルです。さ、寒い…おふとぅんから出るのがしんどいぜ…🥶💦

さて、本題に入ります!先日、教会の説教でモーセの十戒についてのお話を聞きました。

そのひとつが「盗んではならない」とあります。これは単に窃盗罪としての話だけではないようで、旧約聖書の学者の先生によれば「誘拐の話をしている」という説もあるんだそうです。

そして誘拐や物だけではなく、時間も例外ではありません。

例えば遅刻をしてしまって相手の時間を奪ってしまうこともそうですし、寝不足が原因で自分で自分の睡眠時間を奪ってしまうということもありますよね。だからそういう意味では私たちは盗んだことがないとは言いきれないでしょう。

説教を聞き、私はブラック企業での休憩中の電話応対を思い出していました。電話に出ることによって休憩時間は奪われていたのです。たった1、2分の出来事だとしても奪われていることに変わりなかったのです。

…そんなことを語りましたが、私は退職代行で突然退職しましたし、受ける予定だった研修を放棄したので研修担当の方の時間を奪ってしまった私も罪ある者です😓

そして先日、好きな人と食事をした帰り道に引き止めて告白し、どうにか粘ろうとしたのである意味彼の時間と心を奪い、そして縛り付けてしまったのかもしれません。

「隣人に寄り添う」とか言いながら結局は自分のことばかり考えてしまう私はキリスト者としてはまだまだ未熟だと思います。彼のことは今もまだ好きですが、少し感情が昂ってしまったが故に「盗んでしまった」かもしれません。

「彼のことを祈る」とか都合いいことを言って、本当はまだ未練がましいだけなんですけどね(苦笑)かっこ悪いですね~(;^_^A

窃盗罪や誘拐をしてなくても、見えないものを盗んだことがない人なんていないんだな、と改めて思いました。

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