僕が世界一周をした理由

◯はじめに

 この文章は、僕が世界一周の旅から帰国後に書いた2つの文章をまとめ、加筆・編集したものです。執筆当時はまだ学生であり、現在とは一部考え方が異なる点もありますが、当時の文章をほぼそのまま転載しました。無駄に長文ですが、旅に出る前からそのあとまで続く、自分の基本的な考え方をまとめています。もともと人に読んでもらうために書いたわけではないので退屈な文章かもしれませんが、せっかく書いたのだから自分のPCだけに置いておいてももったいないかなと思い、ここに公開することにします。


<世界一周の旅>

【期間】2011年2月10日~12月2日(294日間)

【訪問国数】45ヶ国


◯もくじ

0. まえがき ~「僕が世界一周をした理由」を書く理由~

1. Traveler not Tourist

2.「僕が旅に出た理由」(現実的なコト)

3.「僕が世界一周をした理由」〜平和のために〜(本質的なコト)

4.旅に出よう

0.まえがき

~「僕が世界一周をした理由」を書く理由~

 世界一周から帰ってきたあと、僕が世界一周をしたと知っている人たちから、よく聞かれることがあります。「どこが一番よかった?」「食べ物はどこが一番おいしかった?」「危ない目には遭わなかった?」・・・。

 普通、周りに海外に旅行に行った人はいても、世界一周をしたなんて人がいることはほとんどないだろうから、こう聞きたくなるのも当然だと思います。「どこが一番よかったか」と聞かれれば、僕はたいてい、「場所よりもいい人たちに出会えた所が印象に残ってるな」とか、「そういう意味で言うならラオスとかトルコとかチリかな」なんて答えるし、「食べ物はどこがおいしかったか」と聞かれたら、「やっぱり日本の食文化と近いし東南アジアかな」なんて答えています。

 もちろん、多くの人に世界について興味を持ってもらいたいから、こういう質問にも答えるし、喜んで旅の思い出について話します。しかし、僕が世界一周をして周りの人に本当に伝えたいことは、このような質問に答えることではないし、旅の技術や情報についてアドバイスすることでもありません。僕は自分が見聞きしたこと、感じたこと・考えたことを周りの人に伝え、多くの人の考え方・価値観に少しでも影響を与えることが世界一周をした者の使命であり責任であると思って旅をしていたし、それが旅をした理由の一つでもあるから、自分の想いをきちんと言葉にして伝えたいと思います。それが世界一周から帰って1年とちょっとが経った今、この文章を書いている理由です。

1.Traveler not Tourist

 「旅」と「旅行」は全く違うものだと、僕は思っています。「旅行」というのは主に観光を目的とし、「ここに行ってみたい」という個人的な欲求を満たすために、娯楽として行うものです。自分自身が楽しむことを最大の目的とするから、当然「良い国」「良いもの」「良い体験」を求め、普通その国の「良い面」にしか興味の方向が向きません。一般的には、日本人にとっての海外旅行というのは、こちらに該当するでしょう。

 それに対して「旅」というのは、あくまで僕の個人的な意見ですが、その国の社会や文化に触れ、そこに生きる人々と接し、その国の良い面も悪い面も含めて多様な側面と向き合いながら、自分自身で構築していくものです。目的やスタイルは人それぞれ様々ですが、何かしらの目的を持ち、単なる遊びでないことは共通しているはずです。

 世界一周をしている時から強く持っていた信念があります。僕は一般的な「観光客」ではなく「旅人」であるということ。どちらも公用や商用渡航ではないので「旅行者」であることに変わりはないですが、目的も意識もスタイルも大きく違います。僕はできるだけ現地の人々の生活に溶け込み、現地目線で物事を考えるようにいつも強く意識していたし、「旅人」であることに誇りを持って旅していました。だから、先に書いた「どの国が一番よかったか」などということは自分にとってはあまり重要ではないのです。「良いもの」や「楽しみ」だけを求めて旅をしていたわけではないから。

2.「僕が旅に出た理由」

 僕は大学で途上国開発や貧困問題に興味を持ち、勉強していました。机の上で資料を基に勉強するだけでなく、実際に途上国と呼ばれる国々を訪れ、自分の目でその社会情勢や人々の生活を見てみたかったというのが、世界一周をした大きな理由の一つです。

 もう一つ。純粋に「旅」が好きだった。小さい頃から、自分の知らない場所へ出かけていって、新しい世界を見つける冒険が大好きだった。よく自転車で見知らぬ場所まで遠出して、帰れなくなって泣いていたことを覚えています。大学に入ってからも、国内の色んな所へ一人旅に出かけていました。初めての海外一人旅は、大学2年の時のアメリカ西海岸。自分の知らないものに触れるのが何より新鮮で楽しくて、世界中の知らない街を歩き回り、列車やバスで国を超えて移動していくような大冒険に、ずっと憧れていました。

 大まかに言えば、途上国を中心として、様々な国を自分の目で見てみたいという気持ちに、世界中を冒険してみたいという旅好きの気持ちが加わり、世界一周をすることにしました。

 なぜ世界一周でなければならないのか?ある種のギャップイヤーとして自分で定めた大学生活の1年弱という期間を何に投資するのか、様々なプランを考えました。留学、ワーホリ、長期インターン、旅・・・。留学や友達がやっていた途上国での長期インターンは、自分を成長させることができそうだし、良いと思いました。しかし高いお金を払って留学で勉強するよりも、旅の中で実践的に英語を使った方が英語も上達するだろうと思ったし、同じ場所に長く留まるインターンより、旅としてあらゆる世界を見て回った方が、得られるものは大きいのではないかと判断しました。

 とはいえ旅をするにも、世界一周でなくともある程度地域を絞った方が、より深みのある充実した旅になるのではないか。それももちろん考えました。世界中を旅するのに1年もない時間では短すぎるし、かなり強行な日程になってしまうことは、計画の段階からわかっていました。しかし、やはり人生の中で二度と無いかもしれない貴重な1年間というまとまった時間が取れるのだから、せっかくなら薄っすらとでも世界中を見て回る方が、自分の将来に役立つのではと考えました。もちろんその中で、可能な限り濃い旅になるように努力はしましたが。

 もう一つの大きな理由としてコスト面の問題もあります。島国である日本から海外に行く場合、どうしても大きな負担になるのが往復の飛行機代です。1~2ヶ月程度の比較的短い期間の、地域を絞った渡航を何度もできるほどの経済的余裕があれば話は別ですが、学生時代にそれができる見込みはなかったので、どうせ一度日本を出るなら一気に全部回ってしまった方が安上がりだという考えから、世界一周という結論に至りました。

 もちろん強行日程で世界一周をしたことについては、悔やまれる経験をしたことも何度もあります。この街にもっと留まってやりたいことがあるのに、日程的に差し迫っているので次の場所に移動しなければならない。こんなことは何回もありました。その度に心残りになりました。今思えば、旅の中で出会った世界一周中の日本人バックパッカーのほとんどは、数年勤めた仕事を辞め、期間を定めずに旅をしている人たちであり、学生時代ぐらいしか長期間の旅はできないと考えていた時点で自分の世界を狭めていたようにも思います。彼らのようなスタイルの方が、思うがままに居たい所に好きなだけ留まり、後悔することなく充実した旅を楽しめるのは間違いない。それでも、最初にこの限られた時間と資金で世界一周をすると決めた以上、自分の気持ちに見切りをつけるしかありませんでした。

 話が少し逸れましたが、僕が旅に出た理由に戻りましょう。一番重きを置いていたのは途上国社会についてより深く知ることですが、せっかく多くの国に訪れることができる機会があるのだから、世界中を冒険したいし、先進国も含めて、世界中の国・地域の文化や社会、歴史についてももっと知りたい。観光として、行ってみたい所にも行きたい。ワークキャンプ(※1)を通じて、国際協力を現場で実践したい。そんな想いがありました。

 そこで旅に出る前に親へのプレゼン用として作ったパワポの中で、僕は世界一周の目的として、

①世界中の文化や社会、歴史や宗教などに触れ、地元の人たちと交流することで、様々な地域に暮らす人々の生活に接し、多様な価値観を感じること

②観光

③国際協力の実践

と書きました。世界一周の大きなコンセプトとしては、「世界中の夢と笑顔に出会う旅」

旅のメインテーマとしては、「旅×国際協力」としました。

 これらが必ずしもいつも実践できていたかどうかと言えば、そういうわけでもありません。けれども、旅を続ける中で、最後まで変わらず自分の中に強く持っていた意志であることは確かです。

3.「僕が世界一周をした理由」〜平和のために〜

 僕が世界一周をした理由、それは「平和」に対する考えに基づいています。「平和」と口にするのはとても簡単だし、「平和」なんて語るとしばしば理想主義論者のようにも思われますが、僕はこの「平和」について真剣に考えてみたいのです。「平和」と一口に言っても色々な捉え方がありますが、僕がここで言う「平和」というのは、「戦争がない状態」という辞書的な意味ではなく、「世界中の人々が笑顔で幸せに暮らせること」、要するにガルトゥングが言う「積極的平和」(※2)の考え方に則るものです。

 争いごとが起きる時、相手のことをよく理解していないことが原因であることがよくあります。本当は誰だってお互いを傷つけることなんてしたくないのに、相手のことをよく知らないが故に、必要のない敵対感情を抱いてしまう。

 人が何かを思い行動に移すとき、僕は「知る」→「理解する・評価する」→「受け容れる/容れない」→「行動する/しない」というプロセスがあると思っています。同じ人類でも、地理的・文化的に離れた所にいて、この最初の「知る」「理解する」ことがないまま一方的な情報をもとに固定観念で「受け容れない」という判断してしまうことで、敵対心が生まれ、争いごとが起きてしまうのです。

 だから僕は、今世界で何が起きていて、世界にはどんな人たちが住んでいて、何を考えているのか、それを実際に自分の目で見、耳で聞き、体で感じるために、つまりこの最初の「知る」「理解する」というプロセスを得るために、世界一周を行いました。その国や地域の歴史的・文化的背景、そこに住む人々がどのような価値観を持ち、どのように暮らしているのか。自分自身でその土地に行って話を聞き、実際に感じることで、これらをまず知ることが、異文化理解の第一歩だと思うのです。急速なグローバル化により、社会・経済・政治・文化・情報など様々な分野でボーダレス化が進み、ヒト・モノ・カネ・情報が国境を越えて瞬時に移動し、世界が単一市場化している21世紀社会において、多様な価値観を理解するグローバルマインドを持っていることは、非常に重要だと思います。まず自分自身で知って、様々な情報をもとに考察・判断し、その結果がもし自分の価値観とどうしても合わなければ受け容れなければいいだけの話なのです。自分が少しでも共感できれば、その事実を自分のものとして受け容れ、次の行動につながるはずです。僕が世界一周をしたのは、まずは世界の様々な地域の歴史や社会・文化を「知る」「理解する」ことで、これから長い人生の中で自分が世界に対して何ができるのかを考える、その土台とするためです。

 過去の世代が残した負の遺産の責任を、我々若い世代が負わなければならないのか、虐殺や植民地にした相手国の国民に対し、それを知らない若い世代が謝罪しなければならないのかという議論があります。僕は過去の歴史で先人達が犯した過ちの責任を私たちが負う必要はないし、謝る必要もないと思っています。「責任を負う必要がない」というのは少し語弊があって、僕が言いたいのは、過去に先人達が犯した罪を、償う必要はないという意味です。

 なぜなら、過去を経験していない私たち若い世代が、犯してもいない罪を償うことなんてできるはずないからです。その代わり、私たちは過去の歴史をしっかりと学び、認識し、理解し合う必要があります。現代の社会は、どこであっても過去の歴史の積み重ねでできています。だから過去のいざこざや紛争の歴史が、今でも対立関係の原因になっている地域がたくさんあります。しかしその歴史をお互いに正しく認識できていないことが、未だに反感を形づくる要因になっていることもあるのです。とりわけ、被害を与えた方の当事者国の若い世代が、自分の国の先人達が犯したことを知らないということがよくあります。例えば、日本兵たちがかつて東南アジア諸国で行ってきた植民地化の歴史。韓国や中国で行ったこと。確かに歴史の授業では習うけれど、それだけでは限界があります。知らない日本人は多いと思いますが、現在でも、東南アジアのいたるところに当時の爪痕が残っています。今では東南アジアの若い世代にとって日本は憧れの国ですが、それでも戦争当時の悲惨さを語り継いでいく必要があるし、日本が犯した過ちの責任は重い。日本は中国や韓国にも侵略をし、歴史認識の違いによって今でも一部の人々との間に軋轢を生んでいます。

 こういった事実を、相手の立場になって、当事者意識を持ち、正しく理解することが必要です。それが、被害を受けた国と与えた国の認識のギャップを埋め、対立を減らしていくために重要であり、これからの21世紀社会を担っていく私たち若者世代が持つべき責任なのです。

 私たちは、過去を変えることはできません。でも、未来を変えることはできるのです。いくら過去のことを糾問しても、過去を生きていない世代が謝罪できるわけがありません。でも、僕たち若い世代は過去の教訓を活かし、平和な未来を創っていく責任がある。これから二度と同じような過ちを犯さないように、お互いを「知り」「理解し」、友好的な関係を築いていくことが、何より重要であると思います。

 「開発」や「援助」に関しても、同じことが言えると思います。かつてヨーロッパの国々はアフリカやアジアを、日本はアジアの国々を植民地化してきました。それは過去の事実であるけれども、今でも人々の生活に立派に息づき、街並みや文化にも広く残っています。当時は自国の利益のため、力の強さを振りまいて自国民のためだけに、資源や労働力を求めて植民地の人々を搾取しました。でも今は共生の時代です。地球上に住む人類一人一人が、同じ権利と尊厳を持っています。しかしこの力がものを言った時代に作られた構造的な関係が、今でも世界の公平な発展を妨げています。だからこそ、先進国と呼ばれる国々が、自分たちが不条理にも支配してきた国々に対して開発や発展の支援を行うことは、当然の義務であると思います。

 平和は、まずお互いを正しく知るところから始まり、違いを認識し、理解し合う努力が必要です。そのために、旅はとても有効な手段だと僕は思っています。メディアなどの一部の情報に左右されず、自分の目でしっかりと現実をとらえ、事実を認識する。そのためには、相手の国に訪れ、その国の人と話をし、価値観を共有することが重要です。

 

4.旅に出よう

 もちろん、誰もが現地に訪れるチャンスを持っているわけではありません。ただ、日本人のパスポートは、世界的にも稀にみる貴重なパスポートです。世界中ほぼすべての国に渡航可能で、ビザが必要な国も少ないパスポートが持てる国籍は、世界的にも数少ない貴重な存在です。金銭的な面でみても、すべての国の人が簡単に外国に渡れるわけではありません。

 これだけ政治的にも経済的にも海外渡航に関して恵まれている日本人として生まれたのだから、特にこれからの未来を担う若い世代の日本人には、この恵まれた環境を活かし、ぜひ自分自身の意思と力で、海外を旅してほしいと思います。1ヶ国違う国での生活を体験しただけでも、これまで日本の中だけで育ってきた感覚とは違う、新しい価値観を感じることができるはずです。

 長くなりましたが、これが「僕が世界一周をした理由」のすべてです。

 もちろんここに書いていることは僕の個人的な考えと経験にすぎないし、僕は100人いれば100通りの旅があっていいと思っています。ただ、<縦軸>過去の歴史を知り未来の姿を想像する時間軸と、<横軸>様々な国の在り方を理解する空間軸を考え、多面的に社会を見る目を持って旅をすることは非常に有意義だと僕は考えます。

 世界一周の旅を通して見えてきたものはたくさんあります。21世紀はグローバル化の時代です。この時代に生きる人間だからこそ、地球市民社会の一員であるという意識を持って生きることは絶対に重要だと思います。宇宙船地球号。みんな同じ地球上に生きる、同じ人間です。でも同じ人間としての意識を持つからこそ、違いがあってまた面白い。こんな、同じ人間として助け合い共に生きる意識を持ちながら、多様性を認め合う世界。こんな社会を創ることが、僕の夢です。そしてそれが、真の「平和」というものを生み出すと、僕は信じています。世界中の人々の、笑顔と幸せのために。

 この文章に共感して、旅の素晴らしさと、今この世界が置かれている現状に少しでも多くの人が目を向けてくれることを願っています。

【注釈】

(※1)ワークキャンプ

・・主に数週間程度の短期間で行われる、合宿型のボランティアのこと

(※2)ガルトゥングが言う「積極的平和」

・・ノルウェーの社会学者ヨハン・ガルトゥング博士(1930~)が提唱する平和の概念。単に戦争(直接的暴力)がないだけの状態を「消極的平和」、貧困、抑圧などの「構造的暴力」がない状態を「積極的平和」と定義した。


<コラム>

今まで訪れたことのある国(地域)(2016年3月現在)

日本、韓国、中国、香港、マカオ、台湾、マレーシア、インドネシア、シンガポール、タイ、ラオス、ベトナム、カンボジア、ミャンマー、フィリピン、オーストラリア、バングラデシュ、インド、ウズベキスタン、イスラエル、パレスチナ、ヨルダン、オマーン、UAE、アルメニア、グルジア、トルコ、ブルガリア、セルビア、ハンガリー、オーストリア、ドイツ、フランス、スペイン、ポルトガル、スイス、イタリア、サンマリノ、バチカン、ギリシャ、ウガンダ、アルゼンチン、ブラジル、パラグアイ、チリ、ボリビア、ペルー、メキシコ、グアテマラ、ホンジュラス、コスタリカ、キューバ、ドミニカ共和国、アメリカ、カナダ

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Kohei Maruoka

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