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アメリカ歴5年目に突入して思うこと

 2018年4月11日は私が日本を飛び出して、アメリカに来た日だ。2017年11月末に大使館で面接を受けてから、じゃ、5月1日までにアメリカ行ってね、と半年間猶予を与えられたので、(じゃあいつ行くかな?とりあえず仕事は年度末まですることとして、2018年100日目の4月11日?)とそんな感じで日付を決めた。100日目に特に理由はなく、何となく区切りが良いかなと思っただけだ。

 当日は、シェアハウス時代の友人たちと会社の同期ちゃんが成田空港までお見送りしてくれた。あんなに楽しいお見送りは、これまでもこの先もないだろう。成田空港のフードコートで、ローソンで買ったハイボールと赤ワインとつまみで乾杯した。追加で買いに行ったローソンでは、赤ワインが売り切れていた(すなわち、我々が飲み干した!)。私はそろそろ行かないといけない時間になっていたので、「マリエール!まだ、ボトル半分あるから!」と引き止める友人をよそに、(終電!!!っていうかフライト)というノリでゲートまで走った。みんな酔っ払いで、楽しかった。

 そんなノリの中でも(?)、友人はメッセージを集めてくれていて、私は本当にびっくりして感謝した。集めてくれた彼女は、「こんなにメッセージが多かったの初めて」と言って、4冊の冊子を渡してくれた。私はいつも脇役のつもりでいたので、そういったものをもらうのがすごく嬉しかった。

 私はその後、アトランタ空港に着陸し、係員に書類を提出しながら、(あぁ、私はこの国に貢献するんだ=税金を納めるんだ)と思ったのをよく覚えている。母たちの最寄りの空港に着いた時、母は確か花束を持っていた。家に着き部屋に入るとと、”Welcome to U.S.A”と書かれた紙が風船とともに壁に貼られていた。

 長くなったけれど、それが4年前アメリカに来た時の話。たまたまその時期に今年はミシシッピにニューヨークから遊びに行っていたので、懐かしく思い出した。4年前に皆がくれたメッセージを読み返しては、(皆、ポジティブな言葉をかけてくれて、私は周りに恵まれてるなぁ~)と思い、今年こそは日本に行き、皆に会いたいなと思った。

 同時に、4年前に来た時を思い出し、不思議な気持ちになった。生まれ育ったのは東京、そしてそこを離れ、ミシシッピにも住み、今ニューヨークで生活をしている。私の”ホーム”とは、どこなんだろうか。この質問は、ミシシッピの友人にも聞かれ、言葉に詰まった。私の生まれ故郷は東京であり、父は東京に住んでいる。ただ、家を出て9年経ち、そこが私のホームなのかと聞かれると、そのはずなのだが、「うん」とは言えない気がしている。また、少し話がずれるが、私はフィリピンの家に言っても、”お客さん”みたいな扱いなので、もともと住んでいたことがないこともあり、そちらも”帰る”という感覚がない。では、私のホームとはいったいどこなのか。これから、自分のホームなるものを作っていかないといけない、もしくは作っていくのかな。

 それから、そもそも私が今アメリカにいること自体、両親が離婚して、母が夫さんと再婚しなければあり得なかったことだ。高校生の時それらが起き、私の人生にアメリカが入ってきた。今でこそ何とも思わないが、再婚から3年くらいは、受け入れられなかったと思う。それから20年経って、人生とは分からないものだなぁ、なんて思うくらいには大人になった。だって、5年前の今頃はアメリカに行くとは思ってないからね。何があるか本当に分からない。

  …ということを、1年前の私は書いていたのをそのまま下書きにしたのを見つけてしまった!!アメリカ6年目に突入して思うことを書こうと思っていたのに。今思うことはまた書くことにして、とりあえずこちらを公開。
 結論を書けないまま下書きにしていたんだな。結論は、今も出ないまま。

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