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行為資源と住宅2(行為の資源Ⅲ)

 『行為資源』に関して、前回は、使い手との関わり方について考察しましたが、今回は、その建築的な特徴について、同じく自作の住宅(注)を通して考察していきたいと思います。

(注)著者は、設計デザイン事務所POINTのパートナーとして2005年~2019年の14年間活動しており、今回挙げた事例はその時期の作品です。

5)体勢と高さ

 日常の行為で肝となるのは、どういう体勢でそこに居るかです。椅子に座る、床に座る、横になる、もたれ掛かる、立つ、歩く、昇るなどの体勢に対応して表れる空間の情報のうち、その最たるものはそれらに関わる物の高さです。例えば、椅子やソファは座面、テーブルや机は天板面の高さによって、使えるか、使い易いかが判断されます。他にも、椅子やソファの背もたれ、手摺、階段、キッチンカウンター、それぞれに適正な高さがあります。平面方向の寸法は、大が小を兼ねることもあれば、少し小さい位ならやり繰りできることもよくありますが、高さ方向はそれに比べると許容範囲が限られます。背の高さ、目の高さ、腕の高さ、腰の高さ、膝の高さ、一歩で上れる高さといった身体寸法に連動した物の高さは、少しの寸法の違いで使えたり使えなかったりします。

 また、物の高さがもう少し間接的に行為に影響することもあります。例えば、同じ大きさの窓でも壁に配置される高さにより、その周りで生まれ易い行為は違ってきます。掃き出し窓はその外に関係のある行為が生まれ易いですし、腰高の窓の前にはチェストやテーブル等の家具を寄せることもよくあると思います。また、高い所にある窓は、その下が外から見えにくいことを手掛かりにした行為が生まれるかもしれません。

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 このように、高さ情報は行為を直接的に生み出し易い情報、つまり、『行為資源』の原石です。写真の住宅は、階段の高さ、床の段差、手摺の高さ、窓台の高さ、造作家具の高さなど、色々な高さを重ね合わせ、室内に沢山の『行為資源』を散りばめることで、至るところで行為が生まれることを狙っています。

6)2つの『行為資源』

 『行為資源』は大きく2つに分けられます。これらは必ずしも明確に分けられるわけではなく、各性格を併せ持ったものもあるので、考え方を分かり易くするための便宜的な分類と考えて下さい。

『直接行為資源』
 身体に直接訴えかけて行為を発生させる有様や具体物を『直接行為資源』と呼びます。分かり易いのは、家具サイズの『行為資源』です。家具より小さい、手に納まるような大きさのもの、例えば、手摺サイズのもの等も含まれます。「5)体勢と高さ」で説明したものの多くはここに含まれます。これらは、身体の寸法や動きに呼応して資源性を発揮します。

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 写真は、階段途中のコーナーです。この丸い円盤でスリッパを脱いで中2階の畳部屋に上がります。日本の伝統家屋には、沓脱石(くつぬぎいし)と呼ばれる石があり、そこで履物を脱ぎ、室内に上がります。その造形には、履物を脱ぐという行為が、サインとしても機能としても表れていますが、それを転用したものです。手摺を握る、スリッパを脱ぐ、屈む、1段上がって部屋に入り込む、といった行為がここに集中しています。

『間接行為資源』
 住宅内に幾つもの場所や部屋があれば、その大きさや位置関係の違いから、家族団欒に適した場所、個人で過ごすのに適した場所など、それぞれに見合った使い方が見えてきます。その結果、家族で集まる、ひとりで読書をする、などといった行為が生まれます。そのように間接的に行為を発生させる有様や具体物を『間接行為資源』と呼びます。

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 写真の空間では、小さな床がぐるぐると60cmずつ上がっていく螺旋形式や、それぞれ異なる大きさを持つ床が『間接行為資源』、階段や段差、手摺等が『直接行為資源』となり、それらが重なり補完し合うことで、ここで起こる数々の行為に有機的な連続性が生まれます。また、『直接行為資源』は比較的無意識にすんなりと使われることも多いので、それを呼び水にして『間接行為資源』の使い方が浮かび上がってくるという関係もあります。

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 部屋の形状や並べ方だけでなく、色や光、仕上げ材料の違いから生まれるものもあります。たとえば、明るい光や明るい色は人をアクティブにしますし、逆に、暗がりは落ち着いた雰囲気をつくります。それらが重なりあって、空間に質の斑(むら)が生まれ、使い手は、その違いを手掛かりに行為を掘り起こすことができます。

7)分節と風景

 ここまで述べてきた考えをもとに設計された住宅内には、どのような風景が立ち現れるでしょうか? 住宅の室内風景は、住宅に必要な数々の要素が立体的に集まって出来上がっています。そして、それらの要素をどのように整理して(分節して)扱うかで、その印象は大きく変わります。多くの人は、室内風景を、床、壁、天井、柱、梁、窓、階段などの建築部位の集まりとしてイメージするかもしれませんが、これは、室内の要素を、機能の違いから分節して認識していることを意味します。構造、工法、部材の製造などの効率が良いため、そのように分節して設計、施工されているためでしょう。しかし、分節の仕方は機能以外にもあります。例えば、色や形状から分節されることもあれば、伝統建築の茶室のように、格や見立てといった意味付けから分節される空間もあります。このような分節の違いは、作り手による建築の捉え方の違いであり、複数の分節が共存することもあります。ここで文頭の問いに戻ると、その答えは、『行為資源』の集まりからなる風景、ということになります。それは、機能による分節とは異なる分節体系をもつため、見慣れた風景とは異なる風景が現れます。そして、その違いに、これまで無意識に受け入れてきた建築的慣習が浮かび上がるため、それらを再査定する機会に繫がるものと考えます。

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 このような見方で眺めると、写真の室内風景は、上る、座る、子供が過ごす、仕舞う、飾る、通り抜ける、覗く、見下ろすといった行為が生まれる(かもしれない)『行為資源』によって分節された風景と捉えられます。それは、ただ、階段や収納、壁がある風景、つまり機能で分節された風景とは一線を画したものになっています。どちらかと言えば、自然の風景、例えば、洞窟の中の方が近しい風景に感じます。洞窟は、ぐるりと岩で囲まれた空間ですが、外部に面する出入り口からの距離や、岩肌の凹凸の大きさや形状といった『行為資源』によって分節された空間と捉えることが出来ます。そのような自然の風景も、『行為資源』が生み出せる風景を考えていく手掛かりになるだろうと思います。

 以上、2回にわたり、『行為資源』の特徴の要点について、自作の住宅を通して考察してきました。今後は、各特徴をもっと掘り下げて考察していきたいと思います。

事例作品

ジュッカイエ(2009年竣工)
写真(1,3枚目):Seiji Mizuno
参考URL: http://point-tokyo.jp/archives/94
掲載:新建築 住宅特集 2009年8月号

マルサンカクシカクイエ(2011年竣工)
写真(2,5枚目):Photo by Shinkenchiku-sha
参考URL: http://point-tokyo.jp/archives/485
掲載:新建築 住宅特集 2013年4月号

都立大学の家(2019年竣工)
写真(ヘッダー,4枚目):Kenta Hasegawa
参考URL: https://hows-renovation.com/forsale/toritsudaigaku/
事業主:株式会社リビタ

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