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人からの信頼を裏切れるはスキルなの?

ここ最近人生が楽しいというかめちゃくちゃ生きやすい、と感じている。不器用で何をやっても上手くいかなくて努力と結果の出し方がわからない自分が何も価値がないなぁと思ってた自分が色々なことを肯定出来るようになって「今の自分で好きだなっ!」って思えてたけど「このまま進んでたらダメやん!!」って昨日なった 笑


普通小学校の勉強なんて授業だけで勉強しなくてもついていけるだろ
僕は勉強で先生の話がつまらなすぎて妄想する時間にしてた、素直に勉強をする意味がわからなかった(今になったらその方がよっぽど意味がわからない当時から予想以上のバカだった、てゆーか宇宙人だ)
小学校二年生ぐらいで勉強がついていけなくなっていたとおもう、でも僕はそれを氣にしてなかった。ただ自分が頭が悪いということにはうすうす氣づいてた
何をやるにしても不器用だったとおもう

自分が人より能力で劣ってることには氣づいてた
それに対して何にも感じていなかったし努力しなかったが勘が悪くて、人と少し違う僕は中学3年生ぐらいで思ったのだが

優秀でないと愛されない

というか劣等生だと愛されない
別に自己肯定するために結果がほしいわけじゃなかったが、僕は愛されたかったんだと思う

だから無条件に努力できて愛される奴を嫌いになることにした
負けず嫌いの奴が嫌いだった
サッカーやっていて勉強もできて愛されるやつ嫌い
ヤンキーで人に迷惑かけているのに愛されているやつ嫌い
鈍感なあいつらが大嫌いだった
僕は人氣者になりたかったんだと思う
というか愛されたかった

資本主義がある限り優秀じゃないと愛されるのは難しいなって今でも感じている、いや若くない今だからこそ余計に感じているかもしれない。
人間性なんかよりも最初は資産がある奴が愛されると思う、当たり前なんだけど生活していけないやつと今から友達になるやつはいない、安全の欲求を阻害される可能性がある人間と一緒にいたいやつはいない

収入という結果が出ない自分を認められない自分を肯定できない僕は「誰か」にではなく先に「自分」を愛するにはどうしたらいいかという挑戦をすることに自然にシフトチェンジしていた

色々なことに挑戦して自殺もしたくなった時期もあるけれど今の人生を、これからの人生を楽しみに感じれるようになってきた


人から嫌われてもそれは縁、ちょうどいい縁が俺には来る!そう思えるようになっていた
離れていく人はいたしそれでもいいと思ってた。

「私は私のために生きる。あなたはあなたのために生きる。
私は何もあなたの期待に沿うためにこの世に生きているわけじゃない。
そして、あなたも私の期待に沿うためにこの世にいるわけじゃない。
私は私。あなたはあなた。
でも、偶然が私たちを出会わせるなら、それは素敵なことだ。
たとえ出会えなくても、それもまた同じように素晴らしいことだ」



フレデリック・S・パールズ(ドイツの精神科医)
[1893~1970]この「ゲシュタルトの祈り」は、パールズが創設したゲシュタルト療法の思想を盛り込んだ詩で、彼はワークショップでこの詩を読み上げることを好んだという。

こんな思想がちょうどいいタイミングで入っていて資本主義を攻略できていなくても例え人から愛されていなくてもそれはそれでいい、その感覚で行動するのが氣持ちよかった

でもそれは周りが見えていない鈍感なあいつらよりタチが悪い僕がなりたくなかった人間に少しなりつつあるのに氣づけてなかった

僕は父親が営業職だったから営業という分野に少し関心を持っている、人間関係の距離感とかそこに詰まっている氣がしているんだと思うんだけど

営業の勉強会みたいなのに参加させていただいた時に「信用が一番大事」なことを簡単に教えてもらったのだが

僕は自分を好きになって「人の信用」というか「信頼」を裏切ることに何にも感じない人間になっていた

自分を好きになる=傲慢、自分勝手ではない
そのバランスを間違えてはいけない
人からの信頼、愛が欲しかったのにいつの間にかそれを裏切れるようになった自分にどこか酔っていた

友達にそれを話したら「例え何をしてもマサカズを好きでいてくれる人はいるよ?それに自信を持ったらいいし、相手の器をみくびるのもよくない」って言ってくれてその自信もすごく大事なんだけど


信頼関係をしっかり築いてない人間にもそれをやって誰にでも「俺は俺だから」を心で思っていた
4歳の子供と同い年の人間に何かを伝えるとき同じようには接さないだろう
人によって絶対自分のレベルを合わせるだろう

こんなことに31歳で氣づくなんてほんと不器用だなーめんどくさいなって思う
でも不器用で鈍感な僕がこれから色んなことに氣づいて生きて反省していくのがこれから楽しいんだろうなとも思う

色んなことに氣づくためには今の時代は資本主義を攻略する過程で見つかるんだと思う、結局それが課題な氣がする
今までの人生で何も積み上げられてないなーと思ってる僕がそれをやって氣づくことに意味があると思うし、それが楽しみかな

あの時人生から逃げなくてよかったな
信頼を裏切った皆さんごめんなさい、氣づかせてくれてありがとう

自分が発信してる内容にやっぱ違いましたーっていうのってどうなんだろうって思うけど
僕はこれからも間違えまくります、今日書いた文章も「やっぱ無し」って思うかもしれないす 笑

これからもちょいちょいやらかしますが許して欲しいです 笑

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