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お久しぶり、ニッポン


相変わらずだ、この空の色

立ち止まって、空を見上げた。

建物と、空の境目が分からないような色合い。
このところ特に、だ。

灰色がかった水色、というのかな。

吸い込まれそうな青い空というけど、
こんな灰色の空の方が、本当に吸い込まれたら、果てしなく「無」なんじゃないだろうか。

この国の空は、いつも、
いろんなものを吸い込んでいるようだ。

前方からたくさんの人が歩いてくるけれど、
なんていうか、皆んな、風景に溶け込んでいる。

人がたくさんいるのに、圧がない。
何となく植物的な感じだと思った。

足元では、やはり灰色をしたハトがチョンチョンと地面を啄んでいる。

静かに、誰の邪魔もしないように、
つつましやかな感じで、固い地面を。

真昼間だけど、ビルとビルの隙間から、
虫の音が聴こえてきた。

その音に、「生き物」を感じた。

秋が来たんだ。

虫の音が、秋を運んできたのか
秋が虫たちを起こしたのか

小さな生命の循環があった。

………

日本に着いてから、ずっと緊張して過ごしていたことに気づいた。

新しい、というか、久しぶりのこのリズムに身体が馴染むのに、ちょっと時間がかかっているんだ。

なんでだろう。
日本を離れていたのは、ほんの数年なのに。

ついTwitterで、馴染みの場所の首相演説を聴いてしまった。内容は、興味のない予算審議だったけど。

こちらは、相変わらずの圧のある演説だ。
言語が性質にどれくらい影響があるか知りたい、とふと思った。

自分は、いま、ちょっと前の自分自身が懐かしいという理由だけで、彼女の(面白くはない)演説を聴いているんだ。

そんな風に時間を過ごしていたら、
いいタイミングで、同僚がメッセージをくれた。
日本で働いたこともあるし、日本をよく分かっている人だ。

上手くやってる?
日本は、君のホームかもしれないけど、今、多分すごく違和感とか、喪失感を感じていると思ってね。
よく分かるよ。
ここと、日本は違いすぎる。
焦らないことだ、時間薬だよ。

そうか、喪失感か。
なにを見ても明るい気持ちになれないのを、そう言うのか。

……

コーヒーを買おうと思って店に入ったら、質問攻めにあった。

「袋に入れますか?」
「ビニール袋ですか?紙の袋ですか?」
「ストロー要りますか?」
「ストローお挿ししますか?」
「当店のポイントカードはお持ちですか?」
「お作りしますか?ポイントが貯まると…」

おっと、

うっかり吸い込まれそうになったよ。

……

灰色の空を背景に、色づき始めた木々の葉がサワサワと揺れている。

優しく、優しく、
どこまでも優しく

なんて美しいんだろう。
そんな風に、木々が揺れるのを久しぶりに見た。

これは、一つの生き方なんだと思う。

お久しぶり、ニッポン