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「あの浮浪者は明日の私」 私を変えた田中元子の一言

ベンチや公園に関するプロジェクトをしていると、よく浮浪者の話が話題に上ります。

トーキョーベンチプロジェクトで、神田や京橋でベンチ設置の社会実験をさせていただいた際もそうでした。行政や企業の関係者の皆さんは揃って、こう仰いました。

「これでは浮浪者の方が寝るのではないですか?」

その一言が向けられる度に、私たちは瞬間湯沸かし器のように、こう返します笑。

「ベンチが少ないから、浮浪者が寝ていると、自分たちのベンチを取られたように思うのです。それはベンチを設置しない理由にはならない。浮浪者も寝ていて、私たちも寝る。あまねく人々が寝ていいのです。それがベンチであり、公共的なインフラの役目です」

もちろん、その敷地に関わる事業者や行政関係者は、それでもなお苦い顔をされるわけですが、そもそも日本では浮浪者のような方々をただののけ者にするような視点が、社会全体に根強くあるように思います。

だから、浮浪者を居られないようにクリーンにすることが、ある種の正義として普通に行われているのが日本の大半だったりします。せっかく設置されたベンチには、寝転べないように意地悪デザインが施され、浮浪者が溜まりやすいような場所はどんどん明るく作られていきます。

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(京橋の実験では、上のように思いっきり寝転がれるベンチのデザインにしました。しかし1ヶ月の実験中、誰かが寝ていて困るような報告は一度もありませんでした)

もちろん、かく言う私も、浮浪者に対するある種の偏見を持っていなかったわけではありません。どこかで、自分とは違う人たち、できれば近づきたくない人たちと以前は無意識に思っていたと思います。

でも、その意識を確実に変えた、パートナーの田中元子の一言が、それ以降見える風景を一掃しました。

それが、

「あの浮浪者は、明日の私」

という言葉でした。


あるとき、何気なしにポロッと口にしました。なに!??と一瞬思いはしたものの、瞬間的に僕と視界に入っていた浮浪者の方がイメージの中で一体化しました。

自分だけではなく、明日何が起きるかわからないのが今の時代です。自分という人間が、路上で生活をせざるを得なくなってしまう可能性は、ゼロだと言い切れるひとはいない。どんなに恵まれている人がいたとしても、です。

浮浪者の方々と自分という存在を、心の中でフラットの捉えられると、日頃目にしたとしても、心持ちが変わってきます。そして、考えを突き詰めていくと、「浮浪者」という対象は、あくまでメタファー(例え)で、それは「子ども」であり「女性」であり「高齢者」であり、あらゆる人々が同じだということです。

近年はジェンダーの話題が良く取り上げられますが、その本質は性別や所得、暮らし方、身なりなど、すべてを越えて、あまねく人々が、同じ価値の上に存在している。どんな状況の人を目にしたとしても、

それは、

「あまねく人々は昔の私」

であり

「あまねく人々は明日の私」

なのです。それを田中元子の一言は教えてくれました。

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昨年、京橋のベンチプロジェクトの開催中に観察をしていたら、ひとりの浮浪者らしき方が、通りがかりました。変わったベンチのある光景をじっと見つめていらっしゃいました。

ビルの関係者の方が目にしたら、いぶかしげな目で見るかもしれません。でも、それ自体が本質的に間違っているのだと思います。浮浪者のおじさんが、ここなら夜寝られるかもと思ったのなら、寝かしてあげてください。一人の人間として扱ってあげてください。

嫌だと思ったモノに単純にバツをするのではなく、受け容れた上でできることを考え実践していく。すべてにおいて必要なのはそのプロセスだと思うのです。

この感覚を社会全体で共有できたとき、はじめて本当の意味で人間らしい暮らしが獲得できるようになっていきます。逆にそのスタート地点に立てない限りは、まちも社会も変わっていかないでしょう。

特に公園や公開空地など、公共的なスペース、また公共建築に関わる人は、人間が根本的にもって置くべき多様な人々への眼差しはマストです。

考えた上で、それでもなお、そうはいってもさ!と言いたくなるかもしれません。

そんなときは、この言葉を思い出してみてください。

「あの浮浪者は、明日の私」


というわけで、今日はこの辺で。

1階づくりはまちづくり


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大西正紀(おおにしまさき)

ハード・ソフト・コミュニケーションを一体でデザインする「1階づくり」を軸に、さまざまな「建築」「施設」「まち」をスーパーアクティブに再生する株式会社グランドレベルのディレクター兼アーキテクト兼編集者。日々、グランドレベル、ベンチ、幸福について研究を行う。喫茶ランドリーオーナー。

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