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IMFによるステーブルコインに対する画期的な評価は、ステーブルコインの力を呼び覚ますか(その2)

前回の記事では、IMFの中の人たちが述べる、ステーブルコインがもたらす法定通貨にはない価値について整理し、これはまさにFintechに携わるデジタル世代の若い起業家がこれまでずっと述べてきたことそのものだ、ということを指摘した。時代は確実に若い人たちが見ている世界に近づきつつある、ということを感じてもらえたのではないかと思う。

確かにブロックチェーン技術の出現によって、ペイメントの世界は、若い人たちが目指そうとしている世界を現実のものにする用意ができつつある。しかし、ステーブルコインによって支払いという社会体験をソーシャルメディアのように簡単なものとして設計するためには、ただ無邪気にステーブルコインを社会に実装すればよいというものではない。

金融の世界はこれまで、なんどもイノベーションが訪れ、そのたびに大きな副作用を経験してきた。そういう歴史を学んできた金融業界のグレーヘア(おっさん)たちは、無邪気にステーブルコインを社会実装したときに生じるであろう将来の悲劇の姿を知っている。こうした悲劇が見えているならば、これを予防する策を講じながらステーブルコインを実装することが、社会にとってデジタル時代のペイメントの世界観を創り上げるための解決策になるはずだ。

筆者らは、ステーブルコインの実装によって生じうるリスクを6つ挙げ、これらについて、国家間のみならず業態間での課題解決のための協業が必要であると指摘している。

この記事では、IMFの記事に掲げられている6つのリスクの内容と、これに対する解説と考え方、さらにこのリスクに対するアプローチについて紹介してみたい。

銀行の金融仲介機能の低下

第一に、銀行預金が減ることによって銀行が発揮すべき金融仲介機能が低下するリスクがある。

言うまでもなく、銀行は預金を受け入れてこれを貸し出しに回すことによって、資金の需給をマッチングさせて経済を活性化させている。金融政策や通貨政策は、こうした銀行の基本的な機能を前提に構築されているから、ステーブルコインの普及により銀行の金融仲介機能が低下するとすれば、これは単に銀行という業態の問題というよりは、社会全体に対する大きなリスクということになるだろう。

しかし、銀行も座して死を待つだけの存在ではないはずだ。銀行自身がイノベーションを通じて、こうした事態に対抗するインセンティブがある。また、これまでのFintechサービスにもみられたことだが、Fintech企業が金融仲介を務めるために資金を集めた場合、銀行はこの集めた資金の受け皿にまわることができる。また、Fintech企業が金融仲介を務めるために必要な資金の出し手側に銀行が回ることもできる。

つまり、ステーブルコインが普及しても銀行機能はなくらならない。そしておそらく銀行という業態も残るだろう。

新たな独占の弊害

第二に、巨大テック企業がステーブルコイン市場に参入すると、既に構築したネットワークの力で競合との競争を排除し、収集したデータによるマネタイズを図ろうとするリスクがある。

これは現に世界的なプラットフォーム企業がこれまで他の分野で行ってきた競争戦略であるから、これが放置されれば、デジタルペイメントの世界でも同じことが起こるだろうことは目易い。

しかし、これは巨大テック企業による不公正な競争による独占をどのように防止するかという競争政策の問題だ。いま世界は、この課題に正面から向き合っており、巨大テック企業を制御するためのホリスティックな規制枠組みを開発することに精力を注いでいるところだ。こうした努力により、この問題は早晩解決されるだろう。

つまり、このリスクは将来的にコントロールすることが可能、ということだ。

弱い法定通貨に対する脅威

第三に、高いインフレが発生し弱い制度しか持ち合わせない国家の発行する通貨は、外国通貨建てのステーブルコインを前にして利用されなくなるリスクがある。

弱い政府のもとで米ドルが流通し自国通貨が流通しないという現象は今も起こっていることではあるが、概してこうした弱い政府の国家では市民はモバイル端末は持ち合わせている。

アンバンクトにとってデジタル通貨は強い味方だ。その意味で、フィジカル空間に存在する米ドル紙幣よりも、デジタル空間に存在しモバイル端末ですぐにアクセスすることができる外国通貨建てのステーブルコインの方が、国家の通貨政策、金融制度の発展さらには経済発展に及ぼす弊害は大きくなるだろう。

なお、マネロンやテロ資金供与を防ぐという観点から、ペイメントのグローバルなガバナンスをつかさどるFATFは、暗号資産について、自国の通貨政策等を理由としてそもそも暗号資産の取扱いを禁止することとするのはアリであるということを明言している。すなわち、こうした脅威を感じる国は、自国の通貨政策等を理由として、ステーブルコインを拒絶することは自由である。

したがって、この点もステーブルトークンを国際社会全体で拒絶することを合意する理由にはならない。

不正行為のおそれ

第四に、ステーブルトークンは容易に国境を超えるものであるため、マネロンやテロ資金供与などの不正行為を促進するおそれがある。

つとにFATFルールでは、その基本原則であるリスクベースアプローチのなかで、国境を超える金融取引は定型的にマネロンやテロ資金供与のリスクが高いことを指摘している。
ステーブルトークンのサービス提供者は、このリスクにアドレスするため、その支払ネットワークの利用はマネロンやテロ資金供与活動などを防止するための仕組みが整っていることを示さなければならない。

通貨発行益の浸食

第五に、ステーブルコインにより、中央銀行は通貨発行益を享受することができなくなるリスクがある。特に、ステーブルコインに利息が付かない場合、ステーブルコインの販売によって集めた裏付け資産となる法定通貨を運用することで得られる利益を、発行者が丸どりしてしまうことになる。

ブロックチェーンという特性上、ステーブルコインの保有者に利息を付与することは、極めて簡単に行うことができる。にもかかわらず利息が付されないステーブルコインを利用者が選択することを余儀なくされているとすれば、それはステーブルコインについて十分な競争が起こっていないか、その業者が獲得している他の分野による優越的な地位によって、ユーザーが劣った品質のステーブルコインを使用することを余儀なくされているからだろう。

すなわちこの問題は、ステーブルコインと中央銀行マネー、ステーブルコイン間の健全な競争を促すことによって、ステーブルコインの保有者が利息を受け取ることができるようなフィーチャーとなるようにしていくことが解決策の一つとなる。

消費者保護/金融安定

第六に、ステーブルコインを利用可能とすることによって、消費者保護や金融安定が損なわれてはいけない。

具体的には、まず消費者が支払った、ステーブルコインの裏付け資産は、金融機関の破たんに際して保護される必要がある。破たん時における処理の安定性の確保は、金融安定を確保するための基礎であるから、この問題は金融安定の問題に直結することになる。

破たんの側面で消費者がどのような権利を持つのかというのは、純粋に法律の問題だ。つまり、ステーブルコインがどのような法律構成によって、どのように裏付け資産の価値と紐づけられているのかを法的に明確にする必要がある。

まとめ

このように、ステーブルコインをめぐっては、デジタル世代における大いなる可能性とともに、解決しなければならない難しい問題が山積している。しかし、以上に見てきたとおり、問題は根本的に解決不可能なものではなく、時間をかけて一つ一つ対処していくことにより、解決することができる類のものである。

スタートアップ業界で推奨される、「まずは素早く試して失敗から学ぶ」というアプローチは、金融に関する限り、失敗の副作用が大きすぎるためそのままでは採用することが難しい。スケールさせればさせるほど効用とともにその副作用のマグニチュードも指数関数的に大きくなるのだから、規制当局者と目線を揃えてコラボレーションしつつ、小さくはじめて少しずつ上記の課題を解決した先に、ステーブルコインが見据えた世界が開けてくるのだろう。

確かにこれまでIT分野を手掛けてきた起業家が住んでいた、デジタルだけの世界からみれば、まどろっこしく面倒なものに見えるかもしれない。しかしイノベーションの世界には、バイオ業界をはじめとして、こうして少し少し進んでいく世界はこれまでもたくさんあった。

フィジカル世界とのアラインメントをしっかりととって、責任あるイノベーションを根気よく続けていく先に、起業家の皆さんがたどり着きたい約束の地は、必ず現れるだろうと確信している。

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