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どうする家康 第1回「どうする桶狭間」

はじめに

今まで大河ドラマは全く見たことがない私が、なぜか今回の「どうする家康」がとても気になり見始めました。
ということで、1回目はリアルタイムで見て、2回目はNHKプラスで見返しながら気になったことを万年筆でノートに殴り書きをして、それをnoteにまとめる。
なんとも一石三鳥くらいの楽しみを見つけました(笑)
ちなみに日本史に関しては学生時代から一番苦手な教科のため、予備知識はほとんどありませんので、勉強しながら書いていきます。
ネタバレ満載となっています。

次郎三郎ってだれ?

1556年から始まる物語。
この時の家康は、まだ13歳ほど。
今で言う、中学1年生くらいですね。
中学生にしては、ちょっと遊びが幼稚で、ヤバいやつ感満載でしたね(笑)

名前は、まだ「松平 次郎三郎 元信」です。
徳川家康の面影もありませんね(笑)
昔の人は、名字と仮名(けみょう)と諱(いみな)がありました。

最近、成人式が行われたところも多かったんじゃないでしょうか。
この時代のいわゆる成人式は「元服」と言って、12〜16歳で行ったそうです。
元服すると、「仮名」と言われる普段呼ぶ名前と「諱」と言う普段は口にしない本名が与えられます。
家康の場合は、松平家の人なので名字が「松平」
普段は「次郎三郎」と呼ばれ、本名が「元信」と言うことになります。
この時代の人は、名前をコロコロ変えてもよかったみたいで、家康もこの後どんどん名前が変わっていきます。
初陣後は、「松平 蔵人佐 元康」と改名しましたね。

瀬名

有村架純演じる「瀬名」。
悪女とも言われているようですが、今回のドラマでは、献身的ではないにしろ家康を支える母性愛が強い女性として描かれていますね。
家康と瀬名が二人で遊ぶシーンは微笑ましかったです。
今川義元の息子である氏真と家康が、瀬名を賭けて戦うシーンは見ものでした。
ヘッドロックで勝ちましたからね(笑)
あくまでドラマの演出ではありますが、大河素人の私はこういった演出があることで、とても楽しく見ることができます。
瀬名と結婚した時の家康は15歳です。

岡崎城

岡崎城に帰るシーンでは、美味しそうな味噌おでんと味噌田楽が登場しましたね。
私の地元も味噌文化のため、おでんは必ず味噌味ですし、どて煮も大好物ですし、味噌煮込みうどんもよく食べます。
食べ物で言えば、大高城に家康たちが着いた後に、みんなで大きなおにぎりを食べていましたが、あれを見て、おにぎりが食べたくなりました(笑)

海老すくい

左衛門尉忠次(酒井忠次)の初登場シーンの「海老すくい」のポーズは何回見ても笑ってしまいます(笑)
大河ドラマならではの、脇役を固める名俳優の皆さんが本当にいい味を出しています。
家臣の石川数正役の松重豊さんもいい味出していますが、孤独のグルメの印象が強いのでなんだか面白いです。
忘れてはならないのが、歯抜けジジイことイッセー尾形演じる鳥居忠吉は、もうそれ以上喋らないで〜と言うくらい腹を抱えて大笑いしました(笑)

どうする桶狭間

いよいよ桶狭間の戦いの場面です。
兵糧入れというお米などの食料を大高城まで運ぶだけの役割と聞いてほっとする家康と瀬名。
この時、瀬名が「危ない戦に行かせるくらいなら、いっそのこと落ち延びて」なんてことを言っていましたね(笑)
と言うことで、戦場で金ピカの鎧「金陀美具足(きんだみぐそく)」を今川義元からもらった家康。
喜び勇んで着たはいいけど、味方からも敵からも目立つことに気づきますが後の祭り(笑)
酒井忠次が「しんがり」を務める場面で、家康は心痛な面持ちでしたね。
「しんがり」とは、戦の最後尾で敵を食い止める役です。
もう死ぬ気で頑張るしかないポジションですね。

今回の心に残ったセリフ。
「武をもって治めるは覇道、徳をもって治めるのが王道」
いやーかっこよかったですね。
と言うことは、これから家康は王道を突き進むのでしょうか?

次回に向けて

こんなに弱虫、泣き虫、お腹も弱い家康が、あの家康になるまでのストーリーが今から楽しみでなりません。
それに、信長がかなりヤバいやつ感満載でしたので、その対決も楽しみです。
家康はガタガタ震えていましたけどね(笑)
大丈夫か?家康(笑)

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