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ある小学校の修学旅行【エッセイ】一二〇〇字

 コロナ禍のせいで、どれほど多くの修学旅行が中止になったことか。特に初体験となる小学生にとっては、残念だっただろう。
 60年前のことになるが、道央(北海道中央部)の小学校は、洞爺湖を通り登別温泉で宿泊するルートが多かった。記憶があるのは、登別の地獄谷、クマ牧場、アイヌ村。北海道といっても普段クマを見るなんて機会はむろんなく初めてだったし、(まだ差別が根強くあった時代の)アイヌについて学ぶことができたのは新鮮だった。中学では函館、青森、弘前にまで延びるのだが、成人してからも旅行したせいか、その当時の記憶はほとんどない。しかし、はっきり覚えていることがある。函館のトラピスチヌ修道院では「こんなところに一生入っているのかなあ」と思ったことと、母への土産を買ったこと。奥入瀬では、その美しさだった。富良野・麓郷での小学1年当時。両岸の木々が覆いかぶさりドーム状になっていた秘密基地の小川に似ていた。
 
 昨年末、NHK「おはよう日本」で、群馬みなかみ町にある新治小学校の修学旅行を紹介していた。中止したり、行き先を変更したりする学校が多い中、ユニークな旅行を行った。
 6年生は全部で30人。校長の加藤正一氏は、コロナ禍を機に修学旅行の在り方を見直したいと考えた。そして、行われたのが「学区内修学旅行」。方針は、「学区内から出ない」「学校からバスで15分圏内を1泊2日で巡る」。目的は、「自分の町を知ること」だった。
 訪問したのは、たくみの里。木工、竹細工、和紙、アクセサリーなどのさまざまな手作り体験ができる施設。農村の暮らしをそのまま観光資源にしようと34年前に始まったようだ。

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画像:道の駅サイト「たくみの里」から

 ここで子どもたちは、手作り体験とクイズラリーに挑戦する。クイズを解きながら町の歴史を学ぼうという。分からないことは地元の人に聞いてみる。見慣れた風景の中にさまざまな歴史があることを、彼ら彼女らは、学んだことだろう。
 夕食は学区内の温泉旅館。群馬県産の食材にこだわった懐石料理。地元の食材の豊かさを舌で感じる。これも学びとなる。画面には、子たちの楽しそうな顔が映っていた。
 宿泊先は、1年生の教室。クラスみんなで泊まる経験をさせてあげたいと、先生たちが考えた窮余のアイデアだった。生徒たちが食事を終え学校に戻ってくると、出迎えたのは、ホテルの制服を借りてホテリエに扮した、先生たちだった。
 その夜、教室に敷かれた布団に寝ころびながら、先生や同級生たちと過ごした6年間を語り合っただろうか。枕投げなんかもできただろうか。
 さて、彼ら彼女らの、お母さんへのお土産はなんだったのだろうか。
 ふと、母に買った、修道院の「スズラン香水」を想い出した。大学1年の帰省のとき、母のタンスの引き出しに、入学記念で渡した大学のバッジをしまうとき、箱のままの香水を見かけたからだ。息子の初めての土産を大切に残してくれていたのだろう。

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