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抗( あらが )い【エッセイ】

 東京五輪の(はずだった)今年、ついに古稀になってしまう。つまり、切りの良い五〇年生まれ。なので、瞬時に、七〇という数字がはじき出される。それでも、絶対に認めたくないのだ。なにしろ、二人の子の母親である三十代後半の姪からは、小さいころから、「お兄ちゃん」と、呼ばれているのだ。
 ある日。ふた回り下のゴルフ仲間の女性に、「爺ジイ、ホニャララ」、と言われ、思わず、「Yさん、爺ジイは、やめて」と、言い返した。彼女は、悪気があって言ったわけではないのは、重々承知している。むしろ、親しみを込めて、言ってくれたのだろう。
 同年代の友人たちとの集まりのたびに、孫から「爺ジイ」と呼ばれると、嬉しいと聞く。目じりを下げて、実に仕合わせそうな顔をするヤツ、多い。姪の父親、弟もそうだ。
 子に恵まれず、当然、孫もいない。住まいに年を隔てる身内がいないので、歳をとったと感じさせてくれる行事が少ないせい、かもしれない。“不老不死”を望むわけではないが、これからも気も肉体も、若さを保ちたい。だから毎日八千歩、必死に歩いているのだ。
 先日。たぶん同い年か少し下くらいのひとに、「君と違って、もう前期高齢者ど真ん中だから」と言われた。内心、ニタニタした。
 とはいえ、コロナ禍の前では強がりは言えない。我々のリスクはかなり高いと聞く。特に基礎疾患のある者はさらにと。今は治まっているとはいえ不整脈があったことでもあるし。なので、現実を素直に認めろ、ということなのだろう。終息まで年単位とも言われる。ま、いいところあと十年? とすると、そのうちの一、二年というのは、あまりにももったいない。が、この世に少しでも長居したいなら、しばしの辛抱、ということなのだろう。
 姪の話だが、白状すると、誕生日の都度、高級バッグなどで、買収していたのだった。

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