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もの忘れ【エッセイ】八〇〇字

《立ち上がり目的忘れまた座る》
 二〇一二年のサラリーマン川柳の入選作。目にしたとき、その十年ほど前のNくんの仕草がふっと浮かび、「目的忘れ」より、「そっかそっかと」のほうがおもしろい、と思った。
 四十六歳でWEBデザイン会社を興し、内勤スタッフ二名の、まだ八畳の広さの事務所時代。会議用テーブルだけが目立つ部屋。まだ集まって会議をするほどの売上もないので、もっぱら食事用。ある日、一九〇センチもある、学生アルバイトのNくんが、食事が終わって席に着いてすぐ。スクっと立ち上がり、「あっ、そっかそっか。いいんだ。うん、いいんだ」とつぶやきながら、再び座った。席に戻ってから、椅子の収納を忘れたかもしれないと、確認したのだ。大男の素早い身のこなしに、もう一人のスタッフと、大笑い。日頃から、取引先との会議が終り席を立つときは必ず、椅子を納めるようにと、厳しく指導していたのだ。
 Nくんのようなことは別としても、冒頭のボケは何度も経験している。「額にメガネかけておきながら、探す」「かけているメガネの上からメガネをしようとする」「なにかをしようとキッチンに行くのだが、忘れて戻ってくる」など数えきれないほど。次も「あるある」話だろうが、空振り三振をしたようで、かなりショックが大きい。
 自宅は集合住宅で、新聞は、ドア横の外付けボックスまで持ってきてくれる。毎朝、ドアから手だけを出し、スっと取る。「ガイコツ貯金箱」のように。が、月に一回、「あっ、そっか~」を言うハメになる。休刊日である。明日こそはすまいと、誓った筈なのに・・・。これは、二十代のころからの習性なので、ボケたわけではないよね…。
 《休刊日そっかそっかとドア閉める》

ガイコツ貯金箱

※TOP画像は、自宅の新聞受け


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