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小さな盗人( ぬすっと )【エッセイ】

 父が「病ダレに寺の災難」で、入院しているとき。昭和三十五年当時なので、焼き火箸を入れ焼き切るとか(真偽は定かでない)。なので、母は完全看護で病室に泊まり込むという憂き目にあいなった。旭川近くの愛別(最近、新型コロナで有名になった)にいたころで、小三だった。近くの町、比布(ピップエレキバンのCMで一時、有名)の父方の祖母が一人住む家に、預けられた(二つ違いの弟は、母の実家だったのか、私だけだった)。
 祖母は、かなりガサツな性格と、母から聞いていた。お萩は胃袋に入れば同じじゃ、ということで、茶碗にもち米を盛り、餡子をかけて食べさせられた、という。確かに、祖母の料理で、美味だったという記憶は、ない。
 とはいえ、可愛い孫。小さな町ではあるが、いろいろな場所に連れて行ってくれた。駅の裏あたりに、プールがあり、泳いだ。ただ、濁った水だったが。祖母の取柄は、歌が上手なことだったようで、浪曲を唄った。劇場にも連れて行ってくれるのだが、子どもにはただ眠たいだけ。終わるまで、横で眠っていた。
 粗忽な祖母のおかげで、茶箪笥の引出しには、小銭がたくさん入っていた。子どもにとっては千両箱。よく駄菓子代をくすねていた。
 わがK家の嫡流嫡男になる、八歳違いの従兄も、小学のころ祖母と暮らしたらしく、同じ罪を犯していた。が、彼は、「ばあさんは、気づいていたよ。意外に」と、教えてくれた。

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