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Cult 5. and Q

キッカケというのは、いつも些細なことだ。授業中に、おなかがキュウッと鳴っただけのこと。しかし思春期の中学生にとって問題は小さくない。恥ずかしさが、からかいを増長し、イジメに変わるまで時間はかからなかった。考え得るイジメはほとんど受けた。ヒキガエルで溢れたバケツに頭を突っ込まれた時は、カエルにも申し訳なく思ったものだ。
 残念なことに高校まで一貫教育。クラスが変わり、人間関係の変化の中でイジメは弱まっていったが、最後まで完璧に消えることはなかった。理不尽の原因はなんだろう?私は被害者でありながら、虐める側の立場を考え続けた。答えが出たわけではないが、特に集団の中での男性的な加害者心理が気になっていた。

 屈辱の日々の中でも、勉強にはしがみつき、志望通りの大学へ進学することができた。法学部。諸々のリベンジのためには、正当なルールを知り、使えるようになることが必要だと思った。ところが私の人生を開いたのは、学部の本筋とは関係のない、クインシー寛子教授との出会いだった。主に遺伝子工学を専門とする彼女。学部を横断する共通科目「生物学的雌雄優劣性の誤認」の講義は人気がなく、静かに単位を取りたい私には丁度よかったのだが、この出会いが長く抱えていた疑問に対する解の方針をもたらした。リベンジに生きることより、もっと肯定的なゴールを目指しなさいと言ってくれたのは教授だけだ。
 教授の研究は、あらゆる動植物の雌雄優劣を基に、男性優位の社会が形成される真意を解くことだ。その点について唱えられた学説は多々あるが、教授の工学理論ほど精度の高いものはない。ただ検証のための測定には検体へ様々な刺激を与える必要があり、倫理的なハードルは高かった。
 検体は、30〜40代、中間管理職層、妻子持ちが適している。どの国でも経済成長の加速には欠かせない労働力だ。収入が一定の水準を超え、ステータスに自信が出ると、見栄やプライドが増幅し、経済を活性させる燃費のよいガソリンになる。さらに検体として優良とされているのは、そのステータスの中にありながら、組織内での序列を落とした者だ。そのサインはよく、家庭内でのハラスメントに反映される。本来は守るべき家庭へ矛先が向いた時、ストレスに対応するコルチゾールが量とともに変化し、物質の純度として最高レベルに達するのだ。教授の仮説では、この純コルチゾールの採取・活用が、あらゆる不平等是正の種となることを示している。純度を高め、維持し、採取を繰り返しながら、検体が持つ身体経験ごとデータ集積する作業は並ではなく、四肢の切除、脳への電極や集積回路設置等、リスクの高いステップをいくつも踏む必要がある。凝縮したコルチゾールを散布する、いわゆる「恵みの放射」を可能にする段階までは、この先、気の遠くなるような実験を重ねなければいけない。

 公にはできない検証作業ではあるが、水面下では各国の同志と共に、これまで着実に前進させてきた。同研究のために組織された結社「硝子の天井」のメンバーは36ヶ国200人超の陣容となり、既に検体の初期収集目標である10名を揃えた国も出始めた。私も研究のフロント団体であるcommuneを通じて、最後の1名の本格検証の完了を目前にしている。これまでの研究結果は、病床に伏している教授の良薬となるに違いない。
 さぁ行こう、敬虔なる均衡世界のために。恵みの放射あらんことを。

今のところサポートは考えていませんが、もしあった場合は、次の出版等、創作資金といったところでしょうか、、、