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マンホールからベンガルトラまで その20

山猿と少年


教えてもらった道にはなんだか人通りが多い。
そんなに山の上のお寺は人気なんだろうか。
でも、観光客という感じではなく、この辺に住んでる人達みたいだった。向こうから歩いてくる人は大きな荷物を持っている人が多い。

途中の川に小さい網で魚を取ってる子供達がいて写真を撮りながら声をかける。網に入ってるのは小さい魚がちょびちょび。これは食べる部分が少なそうだ。
でも、獲った魚を入れた袋を見ると小さい魚が数十匹入っていた。なるほど、チリも積もれば山となる。
唐揚げにして骨も食べちゃえば食卓のメインに出来そうだった。
自分の食い扶持は自分で確保するか。若いのにえらいじゃん。半分は遊びみたいな感じだけど。

遊びながら食い扶持を稼ぐ魚とりの少年たち


水と赤子を運ぶ逞しい母


真っ直ぐ進むと橋が見えてきた。木造の吊り橋で渡るとミシミシいう。
やっぱり反対側から荷物を持って歩いて来る人が沢山いる。
よく見てみると運んでいるのはタンクやペットボトルで中身は水みたい。

橋を渡った先にあったのは水汲み場だった。
湧水だ。

山からの湧水をここで自由に汲むことが出来るようだった。
正直、この辺りの水道水は飲水としては適していない。
そのまま飲むとお腹を壊してしまう。
それでみんな家庭で飲む分の水をここで汲んでいるのだろう。

いや、ひょっとしたら水が売れるのかもしれない。
頭で支えるタイプの大きなカゴに沢山のペットボトルを入れている人が多い。
いろんな生活があるなあと改めて思う。

私も湧水を一口いただく。暑い中歩いて来たので喉を通る冷たさが気持ちいい。
ついでに頭から水を被って、水筒代わりのペットボトルの水を補充した。

登り口はどこかなと探していると少年達が絡んできた。

例によって、写真タイム。花と撮ったりみんなで肩を組んだり。そのお礼なのか一人の少年が登り口はこっちだよと教えてくれた。
テンプル?(お寺?)と聞くとうんうん頷いている。

少年が示す森林の中の階段を登っていくと彼もついてくる。
暇なのか案内してくれるようだ。
あとは登るだけだから案内は必要なさそうだけどな。
旅は道連れ、世は情け。それでは一緒に行きやしょう。

手と足で四つん這いになって階段を歩いたり、木に登ったりして、遊びながら私の先を行く。山猿みたいなやつだ。

少し登ったところで十人ほどの青年達が階段を塞ぐように座ってたむろっていた。

いかつい髪型のやつとかいるけど。
げ、ネパールの不良か?
関所みたいに金を取られたりするのか?

と、ドキドキしながら登っていくが、思ったよりも気のいい青年達でどうぞどうぞと少しずれて私の歩く道を作ってくれた。
ついでにカメラを向けるとみんな集まってきて記念写真を撮った。

地面がコンクリートから土の道に変わったあたりで、案内役の少年がふざけるように両手で上の方を指さしている。
何だと見上げると緑鮮やかな木の上に猿がちょこんと座っている。

おう、本物の山猿やんけ。

動物が撮影出来ると思ってなかったけど、望遠レンズのついたカメラも持ってきてよかった。
2台のカメラをぶら下げてきた甲斐があるってもんだ。

前にチトワン国立公園で見た猿とは違う種類みたいで日本猿に似ている。少しそれよりスマートな感じ。

日本には日本猿しかいないけどネパールには地域ごとにいろんな猿がいるようだ。しかも全然逃げない。
そうか、この山道の猿は沢山の人間が毎日通るから人慣れしてるんだろう。
かなり近づいても横になって欠伸したりしている。

緑の中の木漏れ日を背景にモデルポートレートみたいな写真を撮ることが出来た。ついてきた少年がもう先に進もうよと焦れて来ている。

猿は逃げないし本当はもう少しゆっくり撮りたいところだが、いいのも撮れたしそろそろ行くとするか。

再び頂上を目指して歩き出す。
少年は小さな沼に石を投げ込み、逆立ちしたりしながら私の先を進んでいく。逆立ちで歩くの上手いな。


たんぽぽを持つ少年


高貴そうな山猿


こちらも立派な山猿


ふと森を抜けたと思うと青空が目に飛び込んできた。
登り階段の向こうには門が立っている。
門の上に掛かっているのは漢字で日本山妙法寺と昔風の右から書かれた看板。ワーオ、ついに着いたぞー。

門を抜けると白い仏塔が青空とモクモクの雲の下で一際大きな存在感を放っている。
日本のお寺っぽくなくて白とゴールドのシンプルで派手な見た目をしている。

仏塔の近くまで行って後ろを振り向くと眼下には素晴らしい風景が広がっていた。
フェワ湖を囲む緑とミニチュアみたいなかわいい街並み。
その向こう側に白い積雷雲とエベレスト山脈の一部のアンナプルナ連峰が・・・見えてない。

惜しい、タイミングが悪かったのかこんなに晴れてるのに山脈が見えるはずの高さには白い雲が掛かってちょうど隠れている。
この景色も悪くはないんだけど、エベレスト山脈、見たかったなあ。

子供にはそんなこと関係ないといった風で仏塔の周りをぐるぐる回る少年。
ここでロウソクを買うんだよと少年が教えてくれる。このロウソクを買うことがお布施とか賽銭の代わりになるんだろう。

料金を箱に入れてロウソクに火をつける。目を瞑って手を合わせる。
一応私も仏教徒なのだったことを思い出す。信心は深くないが。

こんな日本から離れたところにお寺を建てた苦労に尊敬の念を送ると共に、その存在が私をこの山上の景色まで導いてくれたことに感謝を込めて祈る。ついでにこの後の旅の無事を祈った。

少年は私が祈り終わるのを見届けると、次はこっちと連れて行かれたのはカフェだった。登山後に飲み物を飲むことが出来るらしい。

そんな高くもないし飲んどくかとジュースを頼んだ。爽やかなフルーツジュース。うむ、登って汗かいたから余計美味い。

飲んでいると少年がもじもじしながらここでさよならだと言ってきた。

「うん、ここまでありがとうね、バイバイ」と言うと手を出している。
え、何?と彼の目を見ると笑顔で

「マネー。」

と再び手のヒラを上に差し出してくる。

えーっと、これはどういうことかな?
そういうことかな?

お金をくれと・・・。

私は困惑した。
つまりここまでついてきたのは暇だからとか面白そうだからとか、親切心ではなくて小遣い稼ぎとして案内していたということだったんだ。ブルータス、お前もか。金なのか。

ついてきてくれたことは嬉しかったし、面白い少年だった。それだけにお金のためにそうしていたとわかって悲しくなった。

勝手についてきて、案内したんだから金くれってそんな後出しジャンケンみたいなやり方はずるいだろうと思った。

でも彼は当たり前のように手を出して引っ込めない。
今まで同じように旅行者についてきたら、案内してくれたからとお金をもらえたのに味をしめたのかもしれない。

うーむ、渡すべきか渡さざるべきか。

別に100ルピーでも200ルピーでも私にとっては大した金額じゃないしいいんだけど、そういう問題ではない。
これから彼が同じようにこの一方的なガイドを続けていく後押しをしてしまうことが問題なのだ。

とりあえず彼の手にここまでついてきてくれた親愛の証として五円玉を置いてみた。
日本のお金で珍しいものだよ。と話したが、「ルピー」と言われて突き返された。むう、現金なやつめ。

ジュースを彼の分も買って、渡してみた。

「サンキュー。」と受け取ったが彼の手は下がらない。
「マネー。」

渋々私は50ルピーと更に五円玉を4枚上乗せして手の上に置いた。
これ以上は譲歩できんぞ。50ルピーあればパンが2、3個買える。
それから多めの五円玉は私の気持ちの押し付けだ。
そちらの勝手なルールを押し付けるならこちらも押し付けさせてもらおう。

ちょっと悩んだ様子を見せてから、しょうがねえなあといった風で彼はじゃあなーっと手をあげて去って行った。

私の心を慰めるために言うのならば彼はたくましいのだと思った。ネパールでまとまったお金を手にすることは難しい。だからそこにお金を得る機会があるのならば何度でもチャレンジするべきだし、彼はそうしているだけなのだ。

でも、子供だから許されることで大人になってもこれやってたらダメなやつだよ。

「ちゃんと真っ直ぐ生きていけよ、少年。」と彼が去って行った方を見つめて心の中でつぶやいた。


山を登りきった先には日本妙法寺
あの雲の向こうには見事なアンナプルナ山脈が見えるはずなのに


日本では見慣れない真っ白なお寺

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