IU(아이유)『LILAC』は生きぬいた者だけが辿りつける孤高の境地を見せる


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 韓国のアーティストIU(아이유)は、韓国式年齢(数え年)で29歳になった。彼女の20代を振りかえると、少なくない苦難に見舞われてきたのがわかる。初めて自らプロデュースを手掛けた4thミニ・アルバム「CHAT-SHIRE」(2015)では、“Zezé”の歌詞が5歳の子供を性的対象化していると批判された。他にもサンプリング問題を指摘されるなど、このミニ・アルバムは苦い想い出が多い作品になってしまった。これらの問題に対し、彼女は自身の未熟さを認め、謝罪している。

 ソルリ、ハラ、ジョンヒョンという3人の親友を見送ることになったのも忘れてはいけない。3人とも自らこの世を去ってしまったのは、多くの人たちにとって辛い出来事だった。それでも彼女は前に進むことを選んだ。第32回ゴールデンディスクアワードのスピーチではジョンヒョンへの哀悼と周りのアーティストたちを気遣いソルリが亡くなったときは遺体安置所でずっと見守っていた。さらに2019 IU TOUR Concert Love, Poemのソウル公演では、ハラの訃報を知った後も歌いつづけた

 彼女の20代を書きだしに選んだのは、5枚目のフル・アルバム『LILAC』を聴いたからだ。フル・アルバムとしては『Palette』(2017)以来となる本作で、彼女は自身の20代と、それを見届けてきた人たちへの挨拶というコンセプトを掲げた
 だからなのか、タイトル・トラック“LILAC(라일락)”における〈どうしてこんなにも空は 風は完璧なんだろう(어쩜 이렇게 하늘은 더 바람은 또 완벽한 건지)〉というフレーズは、彼女に確固たる地位をもたらした大ヒット曲“Good Day(좋은 날)”(2010)の一節、〈どうしてこんなにも空は青いんだろう 今日に限ってどうして風も完璧なんだろう(어쩜 이렇게 하늘은 더 파란 건지 오늘따라 왜 바람은 또 완벽한지)〉を思わせるなど、本作にはこれまでの歩みとリンクしたイースター・エッグが随所で見られる。
 イースター・エッグは“LILAC(라일락)”のMVでも目立つ。“Good Day(좋은 날)”のMVにも出ていたチョン・ジェヒョンがカメオ出演し、オープニングの掲示板には過去作の名前とリリース日が書かれている。物語も、多くの喜びと苦難にまみれた20代を描いたように感じられる内容だ。30代という新たな列車がやってくるラストも含め、かなり手が込んだ秀逸なMVである。

 過去への眼差しはサウンドでもうかがえる。たとえば、アコースティック・ギターの音色が印象的なR&B“Empty Cup(빈 컵)を聴いて、デビュー・ミニ・アルバム「Lost And Found」(2008)を想起するのは筆者だけではないだろう。
 とはいえ、さまざまな要素を盛りこんだ多彩な音楽性は、未来に向けたチャレンジ精神でいっぱいだ。リズミカルなカッティング・ギターと流麗なストリングスが際立つ“LILAC(라일락)”はディスコやフィラデルフィア・ソウルを連想させ、同じくディスコ要素が滲む“Coin”はヒップホップ色が濃厚だ。DEAN(딘)を迎えた“돌림노래”はレゲエ、ボサノヴァ、R&Bが溶けあうスウィートな曲調に仕上がるなど、トリッキーなアレンジも飛びだす。もちろん、“봄 안녕 봄”や“아이와 나의 바다”というお得意のバラード曲も楽しめる。
 これらの曲を聴くと、本作のサウンドは過去と現在を掛けあわせることで、彼女が今後より自由な音楽活動をするための礎を築いているように聞こえる。どの音を選ぶにしても、私は私でいられる。そう言いたげな自信に満ちた彼女の姿が全曲にわたって強烈な印象を残す。

 本作でも歌詞は自ら手がけている。彼女の言葉は、それだけでも深く味わいたい素晴らしいものばかりだ。
 とりわけ先行曲に選ばれた“Celebrity”の歌詞はじっくり嚙みしめたい。当初は変人扱いされがちだった友達に送る言葉を書くつもりが、歌詞を完成させたらその友達や自身も含めたさまざまな人たちにもあてはまる内容になっていたという。
 “Celebrity”は、周りから疎まれがちで、疎外感を抱える者に届く名曲と断言していい。他人と違っていても、あなたは私にとってスターだ。むしろ違うところを愛している。そんな肯定感で溢れる言葉を聴くと、先述した亡くなった親友のなかでも、特に仲の良さが知られていたソルリを想わずにはいられない。

 “Empty Cup(빈 컵)”も興味深い。内容としては、かつて愛しあっていた2人の捻れた感情を歌っているように聞こえる。しかし、〈思い通りに私を 非難して引き裂いて(마음대로 나를 비난하고 할퀴어)〉〈いくらでも私を 憎んで引き裂いて(타오르던 감정은 미워하고 할퀴어)〉といったフレーズをふまえると、彼女とへイターの関係性をモチーフにしてるとも解釈できなくはない。いずれにせよ、他の曲群以上にさまざまな読みとりができるため、聴き手によって姿が変わる歌と言える。

 本作は“에필로그”で幕を閉じる。この曲の歌詞はこれまで支えてくれたファンへの想いと、自らの決意を綴っている。冒頭で彼女は、〈私を知れて嬉しかったか 私を愛せてよかったのか 私たちのために歌った過ぎていった歌たちに いまでも慰められるのか(나를 알게 되어서 기뻤는지 나를 사랑해서 좋았었는지 우릴 위해 불렀던 지나간 노래들이 여전히 위로가 되는지)〉とファンに問いかけたあと、次のような言葉を紡ぐ。


〈あなたがこのすべての問いに そうだよって答えてくれたら それだけでうなずくことのできる私の人生にだって 十分に意味がある(당신이 이 모든 질문들에 ‘그렇다’ 고 대답해준다면 그것만으로 끄덕이게 되는 나의 삶이란 오, 충분히 의미 있지요)〉

 彼女のアーティスト名であるIUは、あなたと私が音楽でひとつになるという意味あいを込めてつけられた。そのような名前を背負う彼女にとって、聴衆はとても大切な存在だ。だからこそ、“에필로그”では〈私の想いに なんの疑問もないの 私は(내 맘에 아무 의문이 없어 난)〉と自信を見せながらも、ファンに問いかけるフレーズは、いまの状況が続くのかわからない不安も滲ませる。この不安は〈どんな夢を見たか聞いてくれる日がくるよね 聞いてくれるよね?(어떤 꿈을 꿨는지 들려줄 날 오겠지요 들어줄 거지요?)〉という一節で曲を締めることで、より強調される。

 ハラの訃報を知った後も悲しみに耐えて歌いきったアーティストが、“에필로그”では弱さを隠さない。そうなってしまうほど、彼女にとって20代はジェットコースターのような時間だったのだろう。
 “에필로그”で歌われる不安は、何もファンがいなくなることだけじゃない。大勢のファンが支えてくれたとしても、突然彼女のほうが先にプツンと糸が切れ、IUという存在が消えてしまう可能性だってある。事実、そうしたことはありえなくないと、3人の親友を見てきた彼女は痛いほど知っている。そういう意味で、“에필로그”が歌う不安混じりの問いかけは、彼女自身にも向けられたものと言えるのではないか。

 『LILAC』は不安が歌われるなかでブザービーターを放つ。それでも、彼女は前向きな姿勢をしっかり示している。“LILAC(라일락)”のMVのオープニングとラストで登場する以下の言葉を見れば、そう確信できるはずだ。

〈Spring Is Short. But It Comes Again.(春は短い。でも、またやってくる。)〉

 IUは痛みを抱えながら歩きつづける。目の前にある一筋の光が広がり、自分を照らしてくれると信じて。




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