愛がわたしたちを引き裂いた 〜 ドラマ『13の理由』〜



 先月31日、ドラマ『13の理由』がネットフリックスで配信された。2007年にジェイ・アッシャーが発表した小説を原作とする本作は、アカデミー賞の監督賞にノミネートしたこともあるトム・マッカーシーが第1〜2話の監督を務めるなど、配信スタート前から話題を集めていた。
 端的に言うと本作は、ハンナ(キャサリン・ラングフォード)が自殺した理由を探る物語だ。ハンナはその理由を13本のカセットテープに記録しており、それをクレイ(ディラン・ミネット)が聴き進めていく。
 この流れを活かすためか、本作は全13話で構成されている。クレイが1本ずつカセットを聴くように、私たちも1話ずつ観ていくわけだ。こうした仕掛けも含め、本作はドラマとして高い完成度を誇る。自殺した理由をただ追うだけでなく、まるで謎解きのようにカセットを再生していくクレイの姿も、さながら推理小説の探偵みたいで面白い。

 しかし本作は、その完成度だけが売りではない。13本のカセットテープを再生していくなかで、性暴力、差別、貧困、いじめといった現代の問題を浮き彫りにしていく。すべての問題に哀しみを感じたが、なかでも目を引いたのはコートニー(ミシェル・セレーヌ・アン)の境遇だ。コートニーは、自分がレズビアンであることを隠すため、ある嘘をついてしまう。そのせいでコートニーもハンナが自殺した理由のひとつになってしまうわけだが、この問題はコートニーが悪いと単純に責めることはできない。レズビアンであることを隠そうとしたのは、本当の自分を告白できない社会があるからだ。
 このことはハンナの墓前でコートニーがクレイに語る話からもうかがえる。親がゲイのコートニーは、その親が偏見に基づく卑劣な言葉を浴びせられる姿を見てきたと語るのだ。この経験はコートニーにとって、自分のアイデンティティーを許容しない社会をまざまざと見せつけられたのと同じなのは言うまでもない。そうしたコートニーが嘘をついてまで保身へ走ったことに、どれだけの者が石を投げつけられるというのか。だったら嘘をつかなければよかったじゃないかと思う者もいるだろう。それでも筆者は、もし社会にコートニーのアイデンティティーを受け入れる多様性があったら...と考えてしまう。コートニーは嘘をつく必要もなく、ハンナの運命も違ったのではないか?と。
 そんなコートニーの物語をはじめ、本作は“社会がハンナを殺した”という観点が随所で示される。いわばハンナが自殺した理由は、私たちの話でもあると訴えている。この姿勢を徹底した点は本作の素晴らしいところだ。

 とはいえ、本作にまったく問題がないわけじゃない。たとえばレイプ・シーンは、性暴力の悲惨さを伝えるためか直接的に描かれている。だが筆者からするとこれは何百周回も遅れてるように感じてしまう。もちろん、レイプされたとほのめかす描写をするなと言いたいわけじゃない。しかし、イ・ジュンイク監督の映画『ソウォン/願い』(2013)など、直接的に描かずとも悲惨さを伝えることができている作品も多くあるだけに、演出の手腕という技術的な面も含め、表現者として負けを認めてしまってるようなものではないか。こうした指摘に対してよく見られるのが、“悲惨さを伝えたいから直接的に描いた”などという詭弁だ。しかしそれは、自らの演出力不足を認める間抜けな告白にすぎない。この間抜けさこそ、性暴力サヴァイヴァーに関する問題の認知度が高まってきたから直接的でない表現が増えたという側面を無視している意味でも悲惨だ。
 一方で、ハンナの自殺シーンは評価できる点もある。怯えた表情には自殺を美化しないという制作側の矜持が滲んでおり、ハンナの境遇に寄り添いながらも、自ら命を断つことの無意味さが伝わるシーンに仕上がっているからだ。お世辞にも完璧とはいえない本作だが、過度に扇動的な描き方をしないという姿勢は誠実だと思うし、それを高い娯楽性と共立させる上手さも光る。

 最後に、ハンナの気持ちも筆者なりに考えておきたい。最終的に死を選んでしまうハンナだが、劇中ではクレイに好意を寄せるなど、希望を見ていたふしもある。そんなハンナにクレイも好意を抱き、ある日キスもする。
 それならば、クレイにすべてを話せば死なずに済んだのではないか?と思う者もいるかもしれない。ただこうも考えられないだろうか。愛しているからこそ言えなかったのだと。すべてを話してしまったらクレイに疎まれ、唯一の希望が消えてしまう。それだったらクレイにすべてを話さず、時の流れが解決する道を選んだほうがいいのではないか。そう考えたからこそハンナはクレイにすべてを打ち明けられなかった。最終的にクレイを頼らなかったのは、クレイを愛せなかったからじゃない。むしろ愛していたからこそ頼れなかった。そう思う筆者は、“誰かに言えばよかったのにね”といった姿勢でハンナを見ることはできないし、見たくもない。

 本作の第1話ではジョイ・ディヴィジョンの「Love Will Tear Us Apart」が使われているが、この歌でイアン・カーティス(ジョイ・ディヴィジョンのヴォーカル)は次のように歌う。

〈僕のタイミングのまずさのせいでヒビが入り 尊敬しあう心も乾ききってしまったのか だけどまだこうして惹かれあっているから 僕らは共に生きている それなのに愛が またしても愛が僕らを引き裂いてしまう〉

 愛はハンナとクレイを引き裂いた。

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