桃源郷にいざなう囁き 〜 Yaeji「Yaeji EP」〜



 2010年代のニューヨークを象徴するレーベルといえば、Softwareだろうか。ワンオートリックス・ポイント・ネヴァーことダニエル・ロパティンが主宰していたこのレーベルは、サグ・エントランサーやスラヴァなど、先鋭的なエレクトロニック・ミュージックを鳴らすアーティストの宝庫だった。惜しくも去年閉鎖してしまったが、その影響力は無視できない。


 しかしもうひとつ、筆者にとって面白いと感じるニューヨークのレーベルがある。Godmodeだ。一時期ピッチフォークにも寄稿していたジャーナリストのニック・シルヴェスターが立ち上げたGodmodeは、2014年にシャミールのEP「Northtown」をリリースしたことで一躍知名度を高めた。このEPはハウス・ミュージックを基調にした内容だったが、レーベル初期はミスター・ドリームやスリーピーズといった、パンク・バンドの作品を中心に発表していた。2009年に設立して以降リリースされた作品群を眺めると、その多彩さに驚かされる。今はテクノやR&B作品も扱うなど、文字通りなんでもござれのレーベルと化している。


 そんなGodmodeに見いだされたアーティスト、イェジのデビューEPが面白い。「Yaeji EP」と名づけられたそれは、ゆらゆらとした心地よいサウンドスケープが映える催眠的なハウス・ミュージックで染められている。すべての音が柔和で、艶やかで、暖かい。そこに彼女のウィスパーなヴォーカルも交わると、あら不思議。一瞬にしてここではないどこかへ飛ばされる。幽玄なディープ・ハウスの「Full Of It」はミスター・フィンガーズに通じるし、作品全体としては100%Silk周辺のインディー・ダンスを想起させるが、サイケデリックな電子音と繊細なエフェクト使いはムーヴ・Dが頭に浮かぶ。


 また、彼女のヴォーカルも重要な要素だ。お世辞にもテクニック面で優れているとは言えないが、平熱を帯びたその歌声は、リスナーの心をがっちり掴む味が確かにある。自分の声の活かし方を知っているという意味で、優れたヴォーカリストだと思う。「Feel It Out」ではラップ的に言葉を紡いだりと、歌い方のヴァリエーションも豊富。この魅力は、あまりハウス・ミュージックを聴かない人にも届くキャッチーさにつながっている。

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