James Dean Bradfield『Even In Exile』が歌う分断社会への憂い


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 マニック・ストリート・プリーチャーズのヴォーカル、ジェームス・ディーン・ブラッドフィールドが『Even In Exile』をリリースした。ソロ・アルバムとしては、2006年の『The Great Western』以来2作目となる。

 これまでいくつもの名曲を生みだしてきたジェームスのアルバムだけあって、本作はグッド・メロディーの宝庫だ。複雑なコード進行を多用せず、それでいて多彩な曲群を作りあげている。譜割りも耳馴染みが良く、一度聴いたら頭から離れない曲ばかりだ。

 サウンドも素晴らしい。なかでもノイ!あたりのクラウトロックを彷彿させる“Recuerda”は、立体的な音像と静謐な高揚感が琴線に触れた。インスト・ナンバー“Under The Mimosa Tree”で鳴り響く端正なストリングスなど、おもしろいアレンジも随所で飛びだす。
 全体的にはアコースティック・ギターが多く使われ、フォークの要素も際立つからか、ブラインド・パイロットやグレイト・レイク・スイマーズといった2000年代半ば以降のインディー・フォークも脳裏に浮かんだ。筆者からすると、テイラー・スウィフト『folklore』(2020)と共鳴できる側面が目立つようにも感じられる。このアルバムも、オーケストラルなアレンジを取りいれたインディー・フォーク作品として楽しめるからだ。

 チリのシンガーソングライター、ヴィクトル・ハラにインスパイアされたという歌詞にも強く惹かれた。ヴィクトルといえば、1960年代のラテンアメリカで興ったヌエヴァ・カンシオンの中心人物として知られている。音楽によって社会を変えようと試みたこの運動は、優れたアーティストを輩出しただけでなく、不平等に苦しむ者たちを団結させる輝かしい言葉も残した。ヴィクトルに限っても、貧困への憤りを綴った“Plegaria A Un Labrador”(1969)など、権力者に優位な社会構造のせいで弱者に押しやられた者を奮い立たせる名曲がたくさんある。

 ヴィクトルがヌエヴァ・カンシオンの象徴に挙げられるのは、40歳で終えた人生の影響もあるだろう。1932年9月23日、チリの貧しい農家に生まれたヴィクトルは、25歳のときにヴィオレータ・パラに音楽の才能を見いだされ、本格的にシンガーソングライターへの道を歩みはじめた。ヴィオレータもチリのフォルクローレを演奏するアーティストで、ヌエヴァ・カンシオンの先駆者だった。1967年に拳銃自殺でこの世を去るまで貧しい暮らしに悩まされていたが、多くの困窮者を生みだした当時のチリ社会への批判的眼差しが濃い名曲たちを作りあげた。

 ヴィオレータの波瀾万丈な歩みをなぞるように、ヴィクトルもこの世を生きぬいた。1973年9月11日、チリでアウグスト・ピノチェトによる軍事クーデターが起き、サルヴァドール・アジェンデが謀殺された。生前のヴィオレータも熱烈に支持していたアジェンデは、厳しい生活を送るチリの庶民に寄り添う政策を掲げた男だ。1970年のチリにおける大統領選で勝利したのち、世界史上初めて自由選挙による社会主義政権を築いた人物としても、歴史に名を刻んでいる。
 クーデターが成功すると、ピノチェトはアジェンデ寄りの者たちを次々と始末していったが、この粛清の嵐はアジェンデに好意的だったヴィクトルも巻きこんだ。アジェンデ政権が崩れて間もなく、軍はヴィクトルを連行し、虐殺したのだ。
 アジェンダ派の有力者を排除した後、ピノチェトが軍事独裁政権を敷いたのは有名な話だろう。この顛末は、パトリシオ・グスマンによる3部構成の映画『チリの戦い』(1975〜79)などでも一端を知ることができる。

 『Even In Exile』にはヴィクトルへのオマージュが多く込められている。ヴィクトルを音楽の道にいざなったヴィオレータの名がタイトルに使われた“From The Hands Of Violeta”は、わかりやすい例だろう。
 なぜ、いまの時代にジェームスはヴィクトル・ハラを必要としたのか? そのことに思考を巡らせると、経済格差が広がりつづけ、弱者が弱者を叩くのも珍しくない分断社会的光景が目立つようになってしまった現在を、想わずにはいられなかった。
 これまでジェームスはさまざまなチャリティー活動に関わってきたことでも知られている。その際は、地元ウェールズのがんセンターへの支援など、世界的に知られている活動よりも、身近なところを支えようとする行動が目立つ。労働者階級の家庭で育ったジェームスからすれば、まずは似た境遇の者たちに手を差しのべる、ということなのかもしれない。いずれにせよ、自らの生いたちと近い者に寄り添いつづけてきたのだ。

 ヴィクトルの歌に耳を傾けると、横暴な権力者や不平等への怒りを滲ませつつ、それらに立ちむかうための連帯を促す言葉が多いのに気づく。強いて表すなら、争いあう必要のない者たちが手を繋ぐための対話的プロテスト・ソング、だろうか。
 そのような歌を残してきたヴィクトルへの想いで溢れる『Even In Exile』は、生きることを困難にする本当の主因を冷静に、しかし力強く指差している。



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