映画『アズミ・ハルコは行方不明』の愛菜に見る、“若さ”という呪い



 映画『アズミ・ハルコは行方不明』の愛菜(高畑充希)を見ていると、“若さ” について考えさせられる。20歳の愛菜も世間的には若者だと思うが、愛菜がユキオ(大賀)に捨てられるのは若くないからだ。20歳でも捨てられるという描写を入れることで、“若さ” が過剰に称揚される風潮を表したとも解釈できるが、いずれにしろ残酷すぎる...。
 “若さ” を求めるユキオの価値観は、なにかと “若さ” が讃えられる現在と共振する。「若々しい」「○歳に見えない」など、“若さ” が褒め言葉となる場面はたくさんある。しかし、そうした言葉を投げられるたびに、“若さ” という呪いにとらわれていく気がして、どうもいい気持ちがしない。
 “若さ” 自体は、その人の本質を表さない。“若さ” と “美しさ” を並べたてる人もいるが、それも違う。美しいご老人だっているじゃないか。美しいと言われる人は、若いからではなく、その人自身が美しいから美しいのだ。年齢なんて関係ない。


 とはいえ、昔から今に至るまで、“若さ” をテーマした表現が多く生みだされているのも事実だ。たとえば、1800年代の作家ジョージ・エリオットは、『テオフラストス・サッチの印象』という作品のなかで、永久に若くいられると信じている男ギャニミードを皮肉たっぷりに描いている。
 若返りというストーリーでいえば、ガートルード・アサートンの小説を原作にした映画『Black Oxen』(1923)も興味深い。この映画は、58歳で30歳の若さを手にしたメアリーが主人公の作品。若返りの目的が国家のためという設定も面白いが、注目すべきは、若さを手に入れ人生を謳歌しているはずのメアリーだ。若返ったメアリーは、34歳の劇作家リーと恋に落ちる。だが、本当は老人という秘密を持つメアリーは、その秘密が記された手紙を残し、リーの元から去ってしまう。それでもリーは、愛は永遠だとして、ふたたびメアリーにプロポーズ。見事ふたりは結ばれるのであった。
 ところが、そのままハッピー・エンドで終わらないのが『Black Oxen』のいじわるなところだ。特に強烈な皮肉を感じるのは、結ばれたメアリーとリーが若者たちと食事をしているシーン。一見楽しそうな雰囲気だが、リーを見つめるメアリーの眼差しには不安が見てとれる。というのも、メアリーと永遠の愛を誓ったリーが、若い女性たちと楽しく過ごしているからだ。この様子は、リーが別の相手に乗りかえる可能性を示している。“若さ” を手に入れ幸せになったはずのメアリーが、その “若さ” に怯える。これだけでも十分痛烈だが、実は『Black Oxen』、市販されていない完全版が存在する(※1)。完全版では、メアリーと別れたリーが、本当の意味で若いジャネットと結ばれる。これは言ってしまえば、“お前は若返った老人でしかない” と、メアリーを突き放す内容である。ここまでくると、あまりにドライすぎて目を背けたくなってしまう。だが、永遠の若さは存在しないと突きつけるだけでなく、“若さ” にとらわれる必要なんてないという励ましも込められていると感じるのは、筆者だけだろうか?


 メアリーと愛菜は、どこか似ている。別の “若さ” に敗北し、男に捨てられてしまう。しかし両者には、大きな違いがある。愛菜には救いがあるという点だ。それは、ユキオに捨てられた愛菜が道端で泣きじゃくるシーンを見てもわかるだろう。うずくまって号泣する愛菜は、何かを振りはらうように、ネイルチップを必死に取ろうとする。その光景を見ていると、高畑充希の鬼気迫る演技も手伝って、心がぐしゃぐしゃに踏み潰されるような気持ちになるが、それまで愛菜を縛っていた抑圧からの解放を表象しているのでは?と思うと、前向きな一歩も見いだせる。この一歩があるからこそ、ラストで愛菜が見せる表情はとても穏やかなのではないか?と思えるのだ。


 『アズミ・ハルコは行方不明』は、多くの人が共感できるのみならず、その多くの人が生きぬくための物語である。そのなかでも筆者は、愛菜の姿に勇気づけられた。憑き物が落ち、確実に成長したあの姿を見ると、さまざまのことを不必要に気にしていたのだなと気づく。そして願わくば、この気づきがあなたにとって一筋の光になってほしい。自分の幸せや理想を決めるのは、他でもない自分自身なのだから。



筆者注 : 映画『アズミ・ハルコは行方不明』は、12月3日から全国公開されます。http://azumiharuko.com/

筆者注2 : 僕が書いた〈彼女たちは、あなただ 〜 映画『アズミ・ハルコは行方不明』〜〉も合わせて読んでいただけると嬉しいです。https://note.mu/masayakondo/n/ne4dbdc744b9e 


※1 : 『Black Oxen』のフィルムは全8本。8本目はジョージ・イーストマン・ミュージアムに保管されている。市販のDVDで観られるのは7本目まで。


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