Manic Street Preachers『The Ultra Vivid Lament』は、歳を重ねた者だけが醸せる滋味深さで溢れている


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 ウェールズが生んだ偉大なロック・バンド、マニック・ストリート・プリーチャーズ。彼らの音楽は私たちに知的興奮をもたらしてくれる。多くの要素で彩られたサウンドに乗る、政治/社会性を隠さない詩的な言葉の数々は、秀逸な批評眼が際立つ。
 この批評眼はバンドの高い知性を感じさせるが、近寄り難い高尚さはまったく見られない。哲学書や政治家のスローガンを引用した一節も多い歌詞は耳馴染みが良く、メロディーは親しみやすい。そうした魅力はデビューから現在に至るまで輝きを放ちつづけ、いまも聴衆を惹きつけて離さない。

 そんなマニック・ストリート・プリーチャーズの最新アルバム『The Ultra Vivid Lament』は、ポップ・ミュージック史に偉大な足跡を残した者たちが脳裏に浮かぶ作品だ。どこか浮遊感がある上品なサウンドスケープはエコー・アンド・ザ・バニーメンの“Bring On The Dancing Horses”(1985)を想起させ、ピアノが軸にある音選びはアバやビリー・ジョエルを連想させる。
 この嗜好は、マニック・ストリート・プリーチャーズにとって珍しいものではない。彼らの音楽を長年聴いてきた者からすれば、これまで残してきた作品群の匂いを嗅ぎとれるはずだ。『Lifeblood』(2004)、『Rewind The Film』(2013)、『Futurology』(2014)などである。そういった意味で本作は、彼らの過去作を掛けあわせたアルバムとも言えるだろう。

筆者からすると、本作には『Lifeblood』と近いものを感じた。どこか幽玄で憂いを帯びた音像は、『Lifeblood』収録の"A Song For Departure"や"I Live To Fall Asleep”を連想させる。歳を重ねたからこそ醸せる達観的な滋味深さも共通点だ。
 とはいえ、その滋味深さからリアリティーがより感じられるのは断トツで本作である。『Lifeblood』の滋味深さは中途半端なところもあり、怒りが前面に出たアルバム『Know Your Enemy』(2001)からの反動に過ぎない印象も否めなかった。しかし本作は、親を亡くしたニッキー・ワイアーの内観的な詩情が魅力として輝き、ひとつひとつの言葉がゆっくりと心に染みわたる。大切な者を失った痛みと、それに伴い過去を振りかえる視座が目立つ本作の歌詞は、マニック・ストリート・プリーチャーズというバンドの波乱万丈な歩みを見てきたリスナーからすると思わず涙腺が緩んでしまう瞬間も少なくないはずだ。

 痛みや懐古がうかがえる歌詞と共振するように、サウンドも哀愁を帯びている。メロディーはとてもキャッチーでありながら、時折メランコリックな雰囲気を漂わせるなど、感情の機微を饒舌に表現する音粒が耳に残る。チャレンジングな姿勢が薄いのは気になる一方で、コンスタントに名曲を生みだしてきたソングライティングの妙は素晴らしいと唸ってしまう。

 『The Ultra Vivid Lament』は、人生の酸いも甘いも噛みわけた者が辿りつける悟りを醸す作品だ。BBCのインタヴューでも示唆するように、その眼差しは過去に生みだした傑作と距離を置く可能性を持つ。それでも筆者はマニック・ストリート・プリーチャーズの表現を追いつづける。彼らの歩みを見つめることは、人という生物の奥深さを知ることと同義なのだから。



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