Manic Street Preachersの『This Is My Truth Tell Me Yours』再現ライヴは、いまの世界に捧げる祈りと警告だ


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 1998年、マニック・ストリート・プリーチャーズは『This Is My Truth Tell Me Yours』をリリースした。全英アルバム・チャート1位を獲得し、全世界で500万枚以上売りあげた大ヒット作だ。
 彼らにとってこのアルバムは、パーソナルな意味合いが強い。リッチ・エドワーズのバンド離脱という出来事から前進するために作られた、『Everything Must Go』に続く作品だからだ。初めてリッチーの詩を使わず、すべての作詞をニッキーが手がけた。当然、クレジットにリッチーの名前はない。文字通り、ジェームス・ディーン・ブラッドフィールド、ニッキー・ワイアー、ショーン・ムーアの3人で作りあげたのだ。

 そのようなアルバムが世界中で支持され、愛された。普通なら諸手を挙げて喜ぶだろう。だが、3人にとってそのような状況は、素直に喜べるものではなかった。リッチーがいないからだ。このことは、『This Is My Truth Tell Me Yours』に関するジェームスとニッキーの発言からもわかるだろう。


ジェームズ「以前よりはレコードが売れるようになっても、能天気に〈ああ、俺たちもついにみんなに愛されるバンドになったんだ〉なんてこれっぽっちも信じちゃいない」《『This Is My Truth Tell Me Yours』(ESCA 7343)のライナーノーツを参照》
ニッキー「未だにリッチーという人間がかつて占めていた場所を空間にしたままバンドを続けてるわけだから、大きな不確定要素をあえて抱えたまま前進してるのと同じだよ」《同上》


 リッチーとの強い絆は、筆者も直接実感したことがある。ライターとして初めてのインダウュー仕事で、ジェームスと話をした。長年イギリスの音楽シーンで活躍してきただけあって、そのオーラと目つきは只者じゃないとすぐにわかるほどの迫力を宿していた。ところが、インタヴューが始まると、筆者の拙い質問にも気さくな態度で答えてくれた。ふとリッチーの話題が飛びだしたときも、まるで昨日のことのように話す。それはさながら、UKロック・シーンの重鎮としての姿と、リッチーも含めた4人でがむしゃらにやっていた若き日の姿が、入れかわり立ちかわり現れているように見えるものだった。
 それ以降も筆者は、多くの人にインタヴューをしてきた。しかし、インパクトという点では、ジェームスを超える者はほとんどいない。記事になることを前提としたプロフェッショナルな姿勢で答えつつ、鎧を脱いでパーソナルなこともあけすけに語る両極端な姿は、それほど印象的だった。

 9月26日、お台場にあるZepp DiverCityでマニック・ストリート・プリーチャーズのライヴを観た。『This Is My Truth Tell Me Yours』の発売20周年を記念したツアーで、日本にやってきたのだ。『This Is My Truth Tell Me Yours』を全曲再現した前半、代表曲連発の後半というシンプルな構成には、バンドの歴史が凝縮されていた。
 特に素晴らしかったのは前半パートである。『This Is My Truth Tell Me Yours』は、バンドの代表曲ばかり収めたアンセム・アルバムと思われがちだ。しかし、よくよく聴いてみると、音響面でのこだわりが滲む実験的な作品でもある。オムニコード、シタール、タンブーラなどさまざまな楽器を用いたサウンドは、仄暗い深海に沈んでいくような陶酔感をもたらす。そんなアルバムが全世界で500万枚以上も売れ、いまも歌い継がれていることには驚きを隠せない。どストレートなポップ・ソング集という趣ではないからだ。商業的にはもちろんのこと、創作面でもひとつのピークに達した作品なのだとあらためて感じた。

 もっとも印象的だった曲を挙げれば、“If You Tolerate This Your Children Will Be Next”になるだろう。『This Is My Truth Tell Me Yours』の2曲目に収められたこの曲は、オービタルが最高のプロテスト・ソングのひとつに選ぶなど、労働者階級アンセムとして知られている。〈そしてこれを黙認すれば 次はお前の子供たちがこれに甘んじなきゃならない(And if you tolerate this Then your children will be next)〉という一節も飛びだす歌詞は、1930年代に起きたスペイン内戦がテーマだ。タイトルも、当時のスペイン左翼共和党によるプロパガンダ・ポスターから引用している。いわば“If You Tolerate This Your Children Will Be Next”は、彼らなりのファシズム批判だ。

 正直に言うと、リリース当時は歴史にこだわる彼ららしい曲だなとしか思っていなかった。左派的思想を隠さず活動してきたバンドだから、そういう歌も作るだろうと深く考えず、壮大なサウンドスケープに浸っていた。
 だが、日本では新たな年号が始まった2019年。“If You Tolerate This Your Children Will Be Next”は、より重みのある意味合いを含んでしまった。いま、世界ではトランプを筆頭に、自由と平等の価値観を毀損する者たちが目立つ。経済格差や気候危機の問題も待ったなしの状態だ。彼らの住むイギリスだって、移民排斥や貧困、それに伴うナイフ・クライムが社会問題化している。

 そうした状況のなか、彼らは『This Is My Truth Tell Me Yours』の再現ツアーを敢行し、〈And if you tolerate this Then your children will be next〉と歌いあげる。その光景は、20年近く前の過去から現在に捧げられた、切実な祈りと警告に見えた。



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