進化の過程が刻まれたアルペジオ 〜 Oneohtrix Point Never『Good Time (Original Motion Picture Soundtrack)』〜



 サフディ兄弟の最新作、映画『グッド・タイム』のサントラをダニエル・ロパティンが手掛けた。ワンオートリックス・ポイント・ネヴァーとして知られるロパティンと、『神様なんかくそくらえ』で注目を集めたサフディ兄弟が組んだのだから、興奮しないわけがない。そこで、『グッド・タイム』の中でロパティンの音楽はどう機能しているのか批評...したいところだが、残念ながら映画のほうはまだ観れていない。しょうがないので、すでにリリースされているサントラについてのみ、あれこれ書いていく。

 ゲームズの一員でもあったロパティンが、ワンオートリックス・ポイント・ネヴァーとして注目されるようになったのは、孤高の音楽性を持っていたからだ。ビートではなく、エフェクトや奇異な音響空間によってグルーヴを紡いでいくそのスタイルは、多くの人を驚かせた。
 こちらの予想をことごとく裏切る音の抜き差しも、ロパティンの特徴だ。それを強く実感したのは、2014年の来日公演だった。磨き抜かれたシンセ・サウンドやエフェクトの間に挟まれる沈黙は、“巨大な無音”という音を鳴らしていた。ただ、このアイディア自体は、アルカもインタヴューで述べているように、シェイン・オリヴァーのDJが先駆けだ(※1)。しかし、オリヴァーの試みを発展させたのは、紛れもなくロパティンの功績。参考にはしたかもしれないが、決してパクりではない。

 そんなロパティンの最新オリジナル・アルバムは、2015年の『Garden Of Delete』になる。このアルバムは、ロパティンが同時代性に接近したという意味で、興味深い内容だった。もともと、ポップ作品に関わっている人たちとのコラボレーションも考えてアイディアを練りあげたそうだが、そのような人たちはロパティンに会おうともしなかったらしい。そのことにロパティンは怒りを爆発させ、それがダニエルなりのポップ・ソングを詰めこんだ『Garden Of Delete』に繋がった。オウテカ、ブラック・サバス、ナイン・インチ・ネイルズ、キング・クリムゾン、並木学に影響を受けたその作風は、ドローンやニューエイジと形容されていた初期の音ではなかった。1990年代のインダストリアル・バンド、グロータスの曲をサンプリングする形でビートを鳴らすなど、アグレッシヴなサウンドを前面に出していた。このアルバムに関する言説では、テクノ、アンビエント、ノイズ、メタルといったジャンル名をよく見かけたが、そのすべてが『Garden Of Delete』にはある。さすが、テイラー・スウィフトや初音ミクはクールだと語るロパティンというべきか、音楽に対する寛容な姿勢が反映されている。

 そうした『Garden Of Delete』をふまえて、ロパティンによる『グッド・タイム』のサントラを聴くと、興味深い発見がいくつかある。まず耳を引くのは、シンセのアルペジオが多用されていることだ。それは聴き手の心を乱す不穏な空気で満ちているが、同時に魅惑的でもある。強いて類例を挙げるなら、映画『ロスト・リバー』の音楽を担当したジョニー・ジュエル、あるいはドラマ『ストレンジャー・シングス』の音楽で知名度を高めた、カイル・ディクソン&マイケル・ステインに通じるサウンドだ。ジャンルでいえばシンセウェイヴを想起させる。メタルみたいな大仰さが映える「Bail Bonds」や、人工的な8ビットシンセが響く「Flashback」では、持ち味であるアクの強さも見られるが、全体としてはエゴがあまり出ていない。ロパティンのサウンドにしてはコミットしやすく、言ってしまえばキャッチーなのが印象的だ。さらに、1分程度の小品「Adventurers」など、『AKIRA』の音楽を担当した芸能山城組の影が随所で見えかくれするのも面白い。サフディ兄弟とロパティンは共に『AKIRA』好きとして有名だが、こうした嗜好が関係しているのかもしれない。
 また、「Flashback」ではハイハットが規則正しく鳴らされたりと、あまり捻っていない音やフレーズが多いのも面白い。こうした捻りのなさは、オリジナル・アルバムでの過剰なエフェクトや奇特なパンニングに慣れている者からすると、少々物足りない。イギー・ポップと共演を果たした「The Pure And The Damned」には、“なんてストレートなピアノ・ソングだ!”とツッコミを入れたくなる。美しい曲であることに変わりはないが。

 とはいえ、映画のサントラという性質をふまえると、それも致し方ないだろう。ロパティンなりに、映画の世界観と上手くバランスを取ろうとした結果なのだろうし、そうした器用さはロパティンの武器でもある。だからこそロパティンは、変臉の如く音楽性を変化させ、着実に進化してきたのだ。今回のサントラも、その進化の過程としては評価できる。



※1 : 『i-D JAPAN』第3号に掲載されているアルカのインタヴューを参照。

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