のん「ベビーフェイス」



 のんのファースト・アルバム『スーパーヒーローズ』といえば、多くのゲスト陣が話題を呼んだ。矢野顕子や尾崎亜美など、錚々たる面々が制作で参加し、パンク的な初期衝動が際立つサウンドを支えている。
 しかし、筆者がこのアルバムで特に耳を引いたのは、のんの自作曲だった。なかでも秀逸なのが“へーんなのっ”だ。どこかニュー・ウェイヴの匂いもするラウドなギター・サウンドが印象的なこの曲で、のんは次のように歌っている。

〈変なものは変だ 好きなものは好きだ 変なのに好きだ もう気にしないで言ってやる〉(“へーんなのっ”)

 この一節は、自分の価値観を肯定することの尊さが光る。同時に、言いたいことはハッキリ言うことの大切さもリスナーに伝えている。それは筆者からすると、怒りを表してもいいという姿勢にも感じられた。事実、『スーパーヒーローズ』は怒りが作品全体を通して漂う作品であり、〝怒れるのん〟という姿が浮かび上がる内容だ。

 そんな作品に続く最新ミニ・アルバムは、「ベビーフェイス」と名づけられた。本作の大きなトピックといえば、元GO!GO!7188のユウ(チリヌルヲワカ)とノマアキコをゲストに迎えたことだろう。なんでも、のんは中学時代にやっていたバンドで、GO!GO!7188のコピーを演奏していたという。
 そのユウとノマアキコがタッグを組んだのは、“やまないガール”と“涙の味、苦い味”だ。どちらも良曲だが、筆者の興味を強く引いたのは“やまないガール”だった。ドライな質感のドラムと鋭利なギター・サウンドを前面に出したブロダクションは、ガレージ・ロックに通じる。歌メロは一度聴いたら忘れないだろうと思えるほどキャッチーで、何度も聴きたくなる中毒性がある。〈あたしのあれこれ決めつけないで〉と歌われる歌詞は、ノマアキコがのんをイメージして書いたそうだ。創作あーちすととして、さまざまな表現方法を持つのんにふさわしい内容である。

 もちろん、のんの自作曲も収録されている。特に惹かれたのは“モヤモヤ”だ。〈消えない怒りの抜け殻は いつしか今日をきっと動かすから〉という素晴らしい一節が示すように、本作でものんは怒りを忘れていない。とはいえ、その表れ方は『スーパーヒーローズ』の頃と比べて、だいぶ異なる。静謐な怒りとでも言おうか、怒りを消化したうえでポジティヴなエモーションを生みだそうという姿勢が感じられる。ゆえに本作ののんは、『スーパーヒーローズ』以上に多彩な感情の機微が滲む言葉を紡いでいる。
 その象徴と言えるのが“憧れて”だ。〈私は歌う 間違えていても〉と歌われるそれは、怒りのカーテンで覆い隠されていた素朴な感情をあらわにする。バンドに夢中だった中学時代の自分を回想しているような歌詞はどこか甘酸っぱく、青い。そうした姿が映える本作は、パーソナルなのんを楽しめる。

 『スーパーヒーローズ』から「ベビーフェイス」に至るまでの変化に触れた筆者は、ライオット・ガール(Riot Grrrl)と呼ばれるバンドたちを思い出していた。彼女たちもまた、怒りを示すことに躊躇せず、個人的な想いを歌うからだ。時には社会的メッセージも込められたその想いは、いまも強い影響力を誇る。
 本作に明確な社会的メッセージがないのは十分承知している。しかし、女性が怒ってもただのヒステリーで片付けられがちな現在において、怒りを隠さないのんの姿勢にライオット・ガールのスピリットを見いだせるのも、事実なのだ。そのような側面を花開かせる方向に行ったら、いま以上に日本の音楽界をおもしろくする存在になれるのでは?と思う。




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