Goat Girl『On All Fours』が私たちにもたらす知的興奮


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 サウス・ロンドンで結成された4人組バンド、ゴート・ガール。彼女たちが2018年にリリースしたファースト・アルバム『Goat Girl』は、何度聴いても筆者の心を躍らせ、耳を喜ばせてくれる。ロサンゼルスのガン・クラブといったブルージーな色合いが強いパンク・バンド、あるいは13thフロア・エレベーターズやモビー・グレープなどのサイケデリック・ロックを想起させるサウンドが特徴で、多彩なアレンジの引きだしも光る。演奏技術には少々粗もうかがえるが、それを補って余りある音楽センスはとても輝かしい。一定の質を持ちながら、今後の活動に大きな可能性と希望を感じさせる素晴らしい作品だった。

 その『Goat Girl』に続く最新アルバムが『On All Fours』だ。本作の制作前にメンバー・チェンジを経ているが、軸となる方向性に大きな変化は見られない。ほのかにトリッピーで意識を飛ばしてくれる瞬間もあるサウンドスケープは、サイケデリック・ロックの味が濃厚である。
 とはいえ、細部に耳を傾けると、これまでの作品ではあまり見えなかった側面も目立つことに気づくはずだ。モジュラーシンセサイザー、トランペット、ヴィオラといった多くの楽器を使いこなすことで、新たな音の質感やアレンジを得ている。グルーヴはより多様さが際立ち、リズムもシンプルなものから複雑なものまでさまざまな表情を見せる。
 特に“Sad Cowboy”のリズムは大好きだ。カウベルなど多くのパーカッションを用いることで築かれたグルーヴは、初期のLCDサウンドシステムといったディスコ・パンクを連想せずにはいられない。彼女たちの曲のなかでも屈指のダンサブル・ナンバーだ。

 歌詞も本作の魅力となっている。『Goat Girl』では、当時のイギリスを背景とした政治/社会的側面が鮮明な言葉を紡いでいたが、この姿勢は本作でも顕著だ。たとえば“Where Do We Go From Here?”は、現在イギリスの首相を務めるボリス・ジョンソンがテーマのひとつになっている。他にも“Pest”は新自由主義や差別への批判的眼差しを滲ませ、“P.T.S.Tea”では女性蔑視を隠さない男性たちへの辛辣な言葉が次々と飛びだす。
 しかし、ただ前作の姿勢を維持しているだけではない。政治/社会的要素を出しつつ、自らの心を内観したパーソナルな言葉も多いからだ。とりわけ“Anxiety Feels”の歌詞は、ギターのエリーがパニック発作に悩んだ経験を反映しており、彼女たちの身近な出来事に近い言葉が並ぶ。
 『Goat Girl』では直接的に政治/社会を映しだしていたが、本作はそれを個人の生活というフィルターを通したうえで描いている。ゆえに少し抽象的でありながら、いままで以上に複雑な感情の機微を丁寧に掬いあげた、リスナーとの距離が近い言葉たちを本作では楽しめる。

 そうして楽しんだあと、リスナーは理解するだろう。ゴート・ガールは、現在の音楽シーンでは数少ない最高の知的興奮をもたらしてくれるバンドだと。



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