浦シマかぐや花咲か 第2話
再会
虚しく感じる拍手であった。シマは壇上から控室に戻った。
「この後、休憩をはさんで、各テーブルを回って懇談してもらいます。ご存じかと思いますが、政財界、芸能界の重鎮の方ばかりなので、くれぐれも粗相のないように」
秘書の家具屋の忠告にシマは憮然としてライターを取り出し、とりあえず一服した。
「総理、面会の方が……」
「総理は忙しいんだ、後にしてもらえ」
女性係員の問いに、慌ただしくしている政府関係者の男性が応える。
「あのー、豊日自動車の鈴木だといえば分かると……」
なおも女性係員は伝える。
「スズキ……」
シマは驚きを隠せない。
「あの低公害自動車を造った、豊日自動車の鈴木社長か?」
家具屋は長い髪をかき上げながら言った。
「とりあえず体調不良という事で後の行事は全部キャンセルにしてくれ、それと鈴木社長を別室に招待するように」
シマは慌てた表情で家具屋に命令した。一人の小柄な男が控室に入って来た。
「お前、まさか、アツシ、鈴木二等兵……」
「お久しぶりです……」
アツシはニコリと笑って軍隊式の敬礼をする。小柄で丸い眼鏡をかけたアツシの頬をシマはゆっくりと手でなぞる。
「お前、生きていたのか……」
「苦労したな……」
シマはアツシの手を取り、分厚く傷ついた両手を眺めながら呟いた。そして、シマはしゃがみ込みアツシ(43歳)の体を強く抱きしめた。
ライジング・サン
ホテルの一室では、なごやかな政研パーティーの模様がテレビモニターから映されていた。
「……やはりそうだったのか」
「少しの間出て行ってくれないか、2人だけにしてくれ」
かぐやシマは秘書の家具屋と政府関係者、SP(セキュリティ・ポリス)に促した。
「飲むか……」
シマはアツシに赤いワインを渡す。
「老けましたね……でも、相変わらずとても綺麗だ」
ワイングラスごしにシマの顔を見る。
「よせやい、でもタイムリープの影響で少し老けすぎかな。浦島太郎……いや、浦島花子とでもいうべきか……」
シマは白髪をなぞりながら呟いた。
「私もこれ、この通り……」
アツシはハンチング帽を取り、禿げ上がった頭をシマに見せつける。
「どこから話していいのか……自爆装置はわざと切っていたのですね……」
「そうだ……特攻、自爆……愚の骨頂だ」
「あれから、27年。昭和20年8月6日広島に人類初の原子爆弾が投下されました。基地が爆心地から離れていたのと、自爆装置が効かなかったので、わたしだけ奇跡的に助かりました」
「涼子、菊池一等兵は助からなかったんだな……」
「残念ながら、恋人のゼロ戦パイロットの写真を握りしめて……」
「そうか……わたしは今、知っての通り政権末期に来ている。戦後、わたしなりに全力で取り組んだ。悔いはない。戦後豊かになった日本、しかし、どうだ、理想と現実のこのギャップ。日本初の女性首相はいいが人気取りの傀儡政権と呼ばれ、実質的には民自党の長老達と官僚に支配されている」
シマはゆっくりと部屋を歩きながら語った。
「あなたはよくやっている。わたしも、あの焼け野原から失敗と挫折の連続でした」
「失敗と悔しさの度に強くなった……お互い、戦後……目いっぱい、日本のために駆け抜けてきたんだな……」
シマは涙目でアツシをじっと見つめる。
「TENCHIが言ってたな、戦争に勝者はいないと……」
シマはポツリと呟いた。
未来の竜宮城
「現実は厳しかった。民自党の長老どもは用済みのわたしを総理の座から引き下ろしに来るだろう。実を言うと……今日は……ちょうどいい」
シマは煙草を灰皿にねじ込み、バッグから何かを取り出した。
「それは……」
バッグから出したのは小型のピストルであった。一歩下がり怯むアツシ。
「お前には撃たないよ、私の自殺用のさ」
「シマさんらしくない、止めてください!」
アツシは、ピストルを取り上げようと飛び上がる。
「私も経済界の端くれ、汚職スキャンダルのことは知っています。シマさんがするわけがない、でっちあげでしょ!」
アツシは長身のシマからピストルを取り上げようともみ合う。
「なに?」
もみ合いながら不意にテレビモニターを見たシマは叫んだ。
「彼女似てないか?」
手首を取られ揉み合いながらアツシに訊く。
「突然何ですか……」
テレビモニターには政研パーティーの壇上で一人の若い女性歌手が歌っていた。
「落ち目の総理でも、今日の政治資金集めパーティには、政治、経済、芸能のあらゆるジャンルの人が来ている……アツシ、お前知っているのか、あの女性歌手」
「あれは確か、5年ほど前から大人気の小早川さくら、あああ! 菊池一等兵に似ている!」
二人は椅子に座った。
「とにかく落ち着こう」と視線を落としシマは云った。
「シマさんいや、浦総理、言っちゃなんですが、芸能のこと知らなさすぎですよ。今まで気が付かないわたしもなんですが……」
シマは自嘲気味に呟く。
「昔から興味のないことは、とことん知らないからな……そういえば、涼子のやつ戦況が悪化した時、しばらく休んで故郷いなかに行ってたな。過労かと思っていたが、実は出産だったんだな」
シマは部屋に備え付けの電話を取る。
「ちょっと、至急調べて欲しいことがあるんだが……」
ぼそぼそと口に手をかけシマは受話器越しに喋った。
「こういうとき、総理大臣は便利だな……すぐに調べてくれそうだ」
シマはそっと壁にかかっている受話器を置いた。
「そうですね」
「こうは考えられないか、我々は戦後日本の政治・経済・文化の発展のため、ひとつのバネになっていないか……」
シマは再び椅子に腰かけ、テーブルの上で指を組みゆっくりと語りだした。
「何がですか」
アツシは分からず問いただす。
「つまり政治は首相であるこのわたし、経済は一代で日本のトップメーカーにのし上げた豊日自動車社長のアツシお前だ、そして文化は高度成長期、多くの国民を励ましたあの歌手・小早川さくら……」
プルルルルシマはかかってきた電話を取る。
「うん……分かった」
「やはりな……」シマは頷いた。
「小早川さくら27歳。これは芸名で……本名は菊池さくら。彼女は菊池一等兵と恋人のゼロ戦パイロットとの間に出来た子供だよ。その恋人は終戦直前に特攻で死んだそうだ。もう少し早く終戦していればという事だ……」
「あの時、何で来たのでしょうかね。TENCHI自身も目的は分かってなかったようですが……」
「誰かの意図で、この日本を竜宮城にするためかもな……」
暗闇のホテルの窓を観ながらシマは呟いた、窓越しに青白く光るUFOのような物体が浮かんでいる。それを見つめながら、シマは表情ひとつ変えずに煙草を吹かしている。
「未来人かな……」窓を背にしたアツシは、そっと帽子を取った。
「いや、未来のAI(人工知能)かもしれないな……」コンコン
「総理、パーティー終了の挨拶をお願いします」
部屋のドアから、秘書の家具屋が呼ぶ。
「ああ……分かった」
「それと、今、鈴木社長との用は済んだので、やはり今日のスケジュールは予定通りにする」
「歳をとったが、まだやらなければならないようだな。お互いお国のためにもう一度頑張ってみるか」
シマはアツシの禿げあがった頭に頬寄せなでる。豊日自動車の社長にまでなったアツシもシマにとってはまだ少年兵のままである。
「いや、世界、人類の明るい未来のためですよ……」
アツシは両手でシマの手を強く握り締めた。
静かにドアを開け出ていくシマ。
ホテルの上空では、赤い目を輝かせ海亀型ロボットのTENCHIが空中に浮揚していた。一階フロアで行われている賑やかなパーティーをそっと見ていた。
「UFOって、TENCHIのような海亀ロボットのことだったのかな……」
シマは一階の窓から小さく浮かぶTENCHIを見上げ、そっと呟いた。
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