見出し画像

「日本が示唆するウルトラスの未来」 (後編)

「ウルトラス 世界最凶のゴール裏ジャーニー」出版記念 特別寄稿   ジェームス・モンタギュー=文  田邊雅之=翻訳・構成

第3部「日本が示唆するウルトラスの未来」

■2012年に初めて味わった、日本の熱いファン文化

新型コロナウイルスは、様々な面で僕たちの社会を激変させた。確かにファンやサポーター、ウルトラスたちが、サッカー界だけでなく地域コミュニティにおいてもいかに重要な存在であるかは、逆に浮き彫りになっている。だが世界の人々は、東京オリンピックを通じて日本のファン文化を生で堪能する機会を永久に奪われてしまった。これは日本の人たちも例外ではない。

幸い、僕の場合は2012年のクラブワールドカップで、日本のスタジアムに渦巻く独特な熱気や興奮、歓声に既に味わっていた。このような機会を得たのは、コロナ禍の影響を考えても、本当に恵まれていたと思う。日本に同行したのはアハラウィの面々、エジプトのカイロを拠点とするサッカークラブ、アル・アハリのウルトラスたちだった。

■クラブワールドカップに駒を進めたアル・アハリ

当時のエジプトでは、アハラウィは「民主革命の庇護者」と呼ばれていた。彼らは、民主化を求める群衆がカイロ市内のタハリール広場を埋め尽くし、ホスニ・ムバラク大統領を権力の座から引きずり降ろす際に、極めて重要な役割を果たしたからだ。スタジアムのテラス(立ち見席)で合唱されていたチャントは、民主革命のBGMにさえなった。

ところがポート・サイドという都市で、72名ものアル・アハリのファンが死亡したのを境に、エジプト国内では一気にサッカーが弾圧されていく。中でもアハラウィをはじめとするウルトラスのグループに対しては、集中的に取り締まりが行われた。

これはおそらく、彼らが民主革命を後推したことに対する意趣返しだったのだろう。アル・アハリは過酷な状況を耐えしのぎながら、アフリカチャンピオンズリーグを見事に制覇。日本で開催されたクラブワールドカップに駒を進めたのだった。

■サンフレッチェ広島サポーターの忘れられぬ姿

日本に到着した僕は、アハラウィのメンバーと共に豊田スタジアムに向かい、サンフレッチェ広島対アル・アハリ戦を観戦した。

そこで目にしたものは、今でも忘れることができない。雪が舞い散る中、サンフレッチェ広島のファンやサポーター、ウルトラスがスタンドを埋め尽くし、全員一丸となってチームを応援する。無数の旗が場内に揺らめく情景は、まるで紫色と白に染まった海のようだった。

しかも南米風の歌が合唱されたかと思えば、イタリア式のコレオグラフィーも披露される。そして何より、サンフレッチェ広島のサポーターが繰り広げる応援には、日本独特の「情熱」と「魂」が感じられた。これは世界のどこにも存在しない、まさに日本サッカーが創り上げてきた独自の文化だった。

■「ウルトラス文化=イタリア発」という幻想

豊田スタジアムの光景は、アジアのサポーター文化にまつわる安っぽいステレオタイプに、真っ向からアンチテーゼを突きつけるものでもあった。

確かにフラッグやバナー(横断幕)、コレオグラフィー、パイロ(発煙筒や花火による応援)を駆使しながら全員でチャントを合唱するスタイルは、かつてのイタリアで確立されている。

だがイタリアのスタイルは、そのまま各大陸に受け継がれたわけでない。実際にはウルトラスの文化がグローバル化していく過程で、あらゆる地域の文化がお互いに影響を及ぼしあってきた。

■日本が示唆する、ウルトラスの未来

言葉を換えれば、今日のサッカー界では、どれがオリジナルの要素で、どこが新たに加わった部分なのかを見極めることさえ難しいほど融合が進んでいる。かくして生まれた新たなスタイルが、既存のファン文化の上に接ぎ木され、大輪の花を咲かせたと捉えるべきだ。

これはドイツや東欧、北欧、北アフリカなどでも見られた現象だし、まさに同じことが、日本やインドネシアをはじめとする国々でも起きてきた。特に文化の融合に関しては、アジアこそはウルトラスのムーブメントが向かう「未来」を如実に示唆している。

■反ワクチン接種/反ロックダウンのデモとフーリガン

話をコロナ時代のウルトラスに戻そう。
この1年半の間には、他にも様々な動きがあった。映画『ファイトクラブ』の如きアンダーグラウンドなリーグ戦は、パンデミックをものともせずに、今でも各クラブのウルトラスによって定期的に開催されているらしい。
ウルトラスは、ヨーロッパ中で展開されている反ワクチン接種、反ロックダウンの抗議活動でも存在感をアピールしている。

ただし一連のデモでは、フーリガンも前面に出てきた。
僕はこの原稿を11月22日に書いているが、オランダでは週末に暴動が発生。ロッテルダムでは、フェイエノールトのフーリガングループがパトカーに放火し、燃えさかる車の前で旗を掲げて見せたりしている。これは何ら不思議ではない。ウルトラスと同じように、フーリガンも昔から警察を目の敵にしてきた。その意味では、基本的なスタンスは全く変わっていない。

■コロナ禍を生き抜いていく、ウルトラスのチカラ

とはいえ彼らは、当然のように強い向かい風にもさらされている。ウルトラスが生き長らえていくためには、スタジアムで仲間と合流して、贔屓のチームを90分間応援できる環境が不可欠になる。このような共通体験こそが血となり肉と化し、一体感とアイデンティティを育んでいく。

コロナ禍は依然として立ちはだかり続けているし、現状は予断を許さない。社会のあらゆる分野が対応を余儀なくされているように、ウルトラスもまた、ポストコロナ時代の新たな「リアリティ(現実)」に適応することが求められているのは明らかだ。

しかし、僕は前向きな見方をしている。ウルトラスは過去にも幾度となく驚くべきバイタリティを発揮して、苦境を逞しく乗り越えてきたからだ。それは突き詰めて言うなら、やはり彼らが生き残るための方法、「戦う術(すべ)」を本能的に知っている集団であるからに他ならない。

トップページに戻る

著者による特別メッセージも公開中です

著者と田邊によるトークセッションも公開されております
https://note.com/masayukitanabe/n/n9fe3412af8e0

話題沸騰。サッカー界の実像をえぐり出す骨太なノンフィクション
『ウルトラス 世界最凶のゴール裏ジャーニー」は絶賛発売中
(カンゼン 税込み 2750円)
全国書店、各オンライン書店でもご購入いただけますので、
是非、ご一読ください!





よろしければサポートしていただけますと助かります。頂戴したサポートは、取材費に使用させていただきます。