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『ウルトラス 世界最凶のゴール裏ジャーニー』著者インタビュー ① 

「ゴール裏での原体験、そしてウルトラスとの出会い」

ジェームス・モンタギュー × 田邊雅之

■イスラエルで初めて出会ったウルトラスたち

田邊雅之(以下M):まずはベーシックな質問から。これは前書きでも記されているけど、この『ウルトラス』という本を書こうと思ったきっかけから、簡単に教えてもらえるかな?

ジェームス・モンタギュー(以下J):ある意味では昔から考えていたね。多分、最初に思い付いたのは15年ぐらい前、初めてウルトラスに出会ったときだったと思う。そもそもの話をすると、『ウルトラス』というのはイングランドにはいない。これは君も知ってるだろう?

M:イングランドの場合は、枠組みが違うからね。確かにフーリガンのカルチャーはイングランドサッカーにルーツがあるけど、テラス(立ち見席)やスタンドの雰囲気、応援のスタイはかなり違っている。実際、イングランドになぜウルトラスがいないのかというテーマについては、ネット上にスレッドさえ立っている。

J:当然、ウルトラスと出会うのもイングランド以外になるけれど、僕の場合、それはイタリアやドイツ、アルゼンチンじゃなくて、イスラエルだった。僕は中東のサッカーについての本を書くために現地で取材をしていた。この本は僕にとっての処女作になったけど、その際にハポエル・テルアビブとベイタル・エルサレムのウルトラたちに会ったんだ。

M:ハポエルはマッカビ・テルアビブに並ぶ名門、ベイタルは「億万長者サッカークラブ」にも登場するロシアのオリガルヒ、アレクサンドル・ガイダマクがかつてオーナーになったクラブだ。

J:しかも二つのグループは政治的にも両極端だった。ハポエルのウルトラスは極左で、チェ・ゲバラの旗やTシャツを持っているような連中。逆にベイタルの「ラ・ファミリア」と呼ばれるウルトラスは、極右だからね。

僕はイスラエルにウルトラスがいること自体にも驚いたけど、実際に話をしてみると、彼らがすごく興味深い存在だということにも気が付いたんだ。
イスラエルというのは非常に複雑な国で、全体像を把握するのは難しい。けれどサッカーを通してなら、他のいかなる方法よりも、イスラエルという国が抱えている問題や矛盾、複雑さを理解できる。

それ以来、僕はゴール裏にいる危険な連中に関心を持つようになったし、いずれは本にまとめたいと思うようになったんだ。

著者の処女作:When Friday Comes: Football, War and Revolution in the Middle East

■ゴール裏に宿る、サッカーの「心」と「魂」

M:ラ・ファミリアの話は『ウルトラス』にも出てくる。それが15年前だとすると、2006年ぐらいから企画を温めていたと。

J:そう。でもそれだけが理由じゃない。ゴール裏をテーマにしたのは、僕自身がごく普通のサッカーファンだった頃、ゴール裏に通っていたからでもあるんだ。僕に言わせれば、ゴール裏にあるものこそ、サッカーの「心」であり「魂」なんだよ。

さらに加えれば、僕はカルチャーやサブカルチャーの世界にものめり込んだ。カルチャーやサブカルチャーは、(何物にも縛られず)自由に生きていく場所を与えてくれるからね。似たような特徴は、ジャーナリズムも持っている。だから僕はジャーナリストになって、年を取ってからも同じことを続けているんだと思う。

M:取材する側に回っても、君のスタンスは変わっていない。

J:ウルトラスはジャーナリストを嫌っているけれど、ジャーナリストとウルトラスには多くの共通点がある。

突き詰めて言えば、どちらも一種のアウトサイダーだし、時には権力側の責任を追及しようとする。こういう気質はすごく似ているんだ。僕自身、昔から権威と名の付くものが嫌いで、若い頃は権力に歯向かうのを楽しんでいた。警察とも揉めたこともあったしね。

M:ウルトラスが持つ似たような気質、そして危険な雰囲気も含めてゴール裏に惹かれてきたと。君は『ウルトラス』で、ウェストハムの試合を初めて観に行ったときのことを書いている。これは君にとって、一種の原体験になっている。

J:そう、僕は1990年代の初め頃、アップトン・パークのゴール裏に通うようになったけど、今回の取材で出会った人たちも、なぜ自分たちがゴール裏に夢中になるのかについて同じ話をしてくれたよ。

発煙筒であれチャントであれ、あるいはコレオであれ、そういう応援風景を見た途端、誰もがふらふらと惹き付けられてしまうんだ。まるで蛾が炎に飛び込んでいくようにね。

もちろん試合を観戦するという意味では、ゴール裏の環境は最悪に近い。だけどウルトラスは、実際の試合だけが目的で足を運ぶわけじゃない。何かを感じるためにゴール裏に行くんだ。僕にとってのアップトン・パークは、まさにそういう場所だったんだ。

M:君が言っていることはよくわかる。僕自身、ハマーズは大好きなクラブの一つで、ロンドンに行く度に、必ずアップトン・パークに通っていたからね。

J:本当?それは何で?

M:いい言い方をすれば、アナログ的だったから。ウェストハムは名門だし、すごく古い歴史を持っている。多分、労働者階級の雰囲気を一番受け継いでいるクラブだと思う。

ただしその分だけ、時代に取り残されているような雰囲気があった。エミレーツあたりと比べれば、まるで別世界だからね。だからこそ僕は惹かれていたというか。

J:なるほどね。その感覚はすごく正しいよ。

■ウルトラスのネットワークに潜り込め

M:『ウルトラス』に話を戻そう。結果、君は長年かけてついにこの本を完成させた。でも最後の最後まで取材を続けていたために、初版が出るのはずれ込んだ記憶がある。

:本を出すのが遅れたのは、ウルトラスがジャーナリストを嫌っていて、現場にアクセスするのが非常に困難だったからさ。

まずこっちとしては、自分が警察の人間じゃないことをわかってもらわなきゃならなかったし、人脈も作っていくのも必要になる。その作業に15年近くかかったんだ。それでも最終的には人脈ができたからこそ、ようやく本を書けるようになったんだ。

M:『ウルトラス』では、スウェーデンのミカエルのような友人が、取材のガイド役として重要な役割を果たしている。彼らと出会ったのは、やはり15年前くらいだったんだろうか?

J:いや、そこまでは遡らない。初めてウルトラスの文化に出会ったのが、2005年頃だという話だからね。

もともとイスラエルは、ウルトラスで知られているような国じゃなかった。世間の人が「ウルトラス」という単語を聞いたとき、まず思い浮かべるのはイタリアやロシア、ポーランド、ウクライナ、スペインといった国であって、イスラエルという単語は出てこない。

でも、僕にとってはイスラエルが出会いの場所になった。それは結果的にも良かったと思う。ウルトラスというのは、まさにグローバルな文化なんだと気づくきっかけにもなったからね。

で、それから様々な取材を続けるうちにだんだんと人脈もできていった。たとえばイスマイル・モリナ。EURO2016 の予選でセルビアのスタジアムにドローンを飛ばして大問題になった彼に会ったのは、2015年だったと思う。以来、彼とはずっと連絡を取り合っていたし、一緒にいろんなことを経験することにもなったんだ。

国際問題にまで発展したドローン事件の首謀者、モリナ。著者は公私にわたり密着取材を行った

■取材や執筆に必ずつきまとった不安

M:『ウルトラス』に収録されている章はいずれも興味深いし、君がものすごく苦労をしながら取材をしたことがわかる内容になっている。こんな質問は意味がないかもしれないけど、特に取材で苦労した章はあった?

J:正直に言うと、一番難しかったのは本に収録した章というよりも、収録できなかった地域だね。この本にまとめたのは、ウルトラスというシーンの一端に過ぎないんだ。現実には、取材が断られたりうまく進まなかったりして、アクセスできなかった地域がたくさんある。

僕はラジャ・カサブランカのウルトラスにインタビューするためにモロッコにも行ったけど、スタジアムで間違った相手に声をかけたばっかりに、取材のルートはシャットダウンされてしまった。その後は、誰も取材に応じてくれなかったんだ。ロシアやポーランドの場合は、ウルトラスにアクセスして取材をすること自体が難しかった。だから本にも載っていないんだ。

M:確かに『ウルトラス』は東欧もカバーしているけど、ロシアとポーランドの章は含まれていない。だからこそ僕はそれ以外の東欧、特にセルビアなどについては、よくここまで踏み込んで取材をしたなと思ったんだけど。

J:セルビアの章は本当に大変だったよ。
そもそもセルビアのウルトラスは、西側のジャーナリストをすごく警戒している。僕は一時期セルビアに住んでいたし、地元の人ともコンタクトを取ることができた。それでも取材をするのは難しかったんだ。しかもセルビアのサッカーシーンは、政治や組織犯罪と深く結びついているわけだから。

それと、物理的な危険性という点で言うと、やはりインドネシアだろうね。あそこに行ったときには、あやうく殺されそうになった。後から振り返ってみても、紙一重だったよ(苦笑)。

M:娘さんが悲しむような展開にならなくて良かった(苦笑)。インドネシアのように自分が暴行されたり、脅迫されたりするような危険を感じたケースは他にもあった?

J:いや。そんなことはなかったと思う。むしろ問題になっていたのは、もっとデリケートなことなんだ。

たとえば、どこかの国に取材に行って、そこで起きていることについて書くのと、実際に住んでいる国について書くのとでは、まったく意味合いが違う。自分が住んでいる国なら様々な事情もよくわかるし、目の当たりにしたことをすべて書くことができる。でも、その代わりに違った種類の問題が出てくるんだ。

ベオグラードは、決して大きな街じゃない。だから僕はいつも、この本を出したら、どんな影響が出るかということを考えざるを得なかった。確かにこの本は英語で出版されているけど、組織犯罪についても書いている。自分の取材に応じてくれた人たちが、殺されたりするんじゃないかという不安はいつも感じていたね。

M:そのあたりのさじ加減は難しい。僕たちジャーナリストは深い話、表に出ていない話も書こうと思えばいくらでも書ける。それで注目を集めるのは簡単なやり方だけど、当人に迷惑がかかってしまったのでは、自分のことしか考えていないことになってしまう。

ベオグラードダービーの一コマ。本書は様々な国におけるサッカー界と政界や裏社会の癒着についても、詳細に論じている

■憎むべき敵から、ウルトラスのカルトヒーローへ

J:そう。ただし『ウルトラス』に関しては、実際には真逆のことが起きた。本が出版された途端、世界中のウルトラスから「どうして俺たちの国に来てくれなかったんだ」と言われたんだ。

特にポーランドの反応はすごかった。「今度は是非、俺たちを取材してくれ」みたいなポーランド語のメッセージがたくさん届いてね。
中には、お前は右翼の何たるかをわかっていない(こっちにきて取材しろ)と言わんばかりのものもあった(笑)。

正直、本が出るまでは、僕は単なるジャーナリストとして見られていたし、ポーランドに来て取材をして欲しいなんて、地元のウルトラスは誰一人として思っていなかった。ところが本が出版された後は、僕に対する見方は一変したんだ。その点で言えば、本を出版した影響は、自分が予想していたよりもはるかにポジティブなものだったと思う。

『ウルトラス 世界最凶のゴール裏ジャーニー』

M:ウルトラスはグローバルなネットワークがあるし、信頼されている人間でなければ、その中には絶対入っていけない。ところが君は信頼を勝ち得ただけでなく、彼らにとっては取材をしてもらうことがステータスにさえなった。君は一種のカルトヒーローになったと言ってもいいと思う。

J:ジャーナリストは昔から、ウルトラスに嫌われていたからね。ただし、そこには相応の理由もあるんだ。これまでジャーナリストは、ウルトラスを取材しても、ありきたりな方法で暴力沙汰を書いたりしながら、表面的に論じるだけだった。

ウルトラスに密着して、なぜこういう文化が世界中に存在しているのか。なぜウルトラスのシーンは、これほどパワフルなのか。そして、なぜ人々は宗教やロックミュージック、あるいは自分にとって大事な主義主張に身を捧げるように、ウルトラスの活動に人生を捧げるのかといったテーマは、誰もきちんと掘り下げようとしてこなかったんだ。

もちろん僕は、皆が皆、本の内容を好意的に受け止めてくれるとは思っていない。でも少なくとも、自分が場違いな場所(見ず知らずのウルトラスがいるような場所)に紛れ込んだりしても、いきなり殴られたりすることはなくなったんじゃないかな。それだけでも十分だよ(笑)。

第2部に続きます

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