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「日本が示唆するウルトラスの未来」 (中編)

「ウルトラス 世界最凶のゴール裏ジャーニー」出版記念 特別寄稿   ジェームス・モンタギュー=文  田邊雅之=翻訳・構成

第2部「日本はコロナ禍の最大の犠牲者だった」

■一瞬にして消滅したサッカー界

僕がロンドンでアーセナル対オリンピアコス戦を観戦してからいくらも経たないうちに、世界中でリーグ戦が中断。サッカーは事実上消滅してしまう。確かにベラルーシなどでは、あたかもコロナ禍など存在しないかのように、従来通りの方式で試合が行われていた。また後にブルガリアとセルビアでは、いきなり観客を入れる形でリーグ戦が再開されることになる。 

しかし、これらのケースは極端な例外に過ぎない。全体的に見るならば、サッカー界はコロナ禍によって深刻なダメージを受けた。

セルティックの伝説的な監督であるジョック・スタインは、「ファンがいなければ、サッカーは成り立たない」という名言を遺した。ちなみにこの台詞は、ウルトラスや組織化されたサポーターグループがよく口にするフレーズにもなったが、サッカー界は「ファンなしでも本当に成立し得るのか」という究極の問いを突きつけられたのである。

■ファンがいなくても、サッカー界は存続できる

コロナウイルスは、ウルトラスの存在意義も根底から揺るがせた。「ファンがいなくても、サッカー界は存続できる」 万が一、コロナ禍を通じてこのような結論が導き出されたりすれば、ウルトラスというサブカルチャー自体がさらに規制され、消滅してしまう懸念もあった。

現に1990年代、イングランドでは似たような現象が起きている。プレミアリーグの設立と共に、各地では続々と新たなスタジアムが建設され、チケットの値段も上昇。これはフーリガンを追い払うには有効だったかもしれないが、代わりに労働者階級を主体とした既存のファンベースは解体されてしまっている。

■今、そこにある危機を超えるために

ただしウルトラスたちは、まず「今、そこにある危機」に対処しなければならなかった。元々ウルトラスは、スタジアムの外でも活動してきたし、地元のコミュニティが窮地に陥った際には、積極的に手を差し伸べてきた伝統を持っている。

ドイツでは、ボルシア・ドルトムントのウルトラスであるザ・ユニティが、デスペラドスやユーボスのメンバーと共に物資を集め、生活に困っている人たちに支給。ハンザ・ロストックのサプトラス(サポーターとウルトラスを組み合わせた造語)は、献血活動を支援している。

■国境を越え、連帯したウルトラス

コロナ危機では、ウルトラスが他のクラブのウルトラスと連帯する場面も見られた。ニュルンベルクのウルトラスは、ブレシアのウルトラスであるクルヴァ・ノルド・ブレシアに約1万6,000ユーロを寄付している。ブレシアはロンバルディア州に位置しており、ヨーロッパにおける感染拡大の震源地となっていた。

ブレシアの地元のライバル、ベルガモに拠点を構えるアタランタのウルトラスは、おそらく最も精力的な活動を展開したグループだろう。彼らはうなぎ登りに増える感染者に対応するために、市内で野戦病院のような施設を建設するのに貢献している。むろんウルトラスは、世界各国で様々なコミュニティ活動を行った。クロアチア、モロッコ、スペイン、フランス、イスラエルなど、その例は挙げればきりがない。

■再開されたリーグ戦に欠けていたもの

忌まわしいロックダウンから約3ヶ月後、ヨーロッパではリーグ戦が再開され、サッカー界は少しずつ息を吹き返し始める。だが先に述べたような例外ーーベラルーシやブルガリア、セルビアなどを別にすれば、いずれの国でもスタジアムの入り口は固く閉ざされたままで、サポーターやファン、ウルトラスの姿はどこにもなかった。 

観客のいない試合はあまりに活気がなく、生気にも乏しいということで、各クラブは新たな方法をひねり出す。テレビ中継の際に、場内の歓声やどよめきを無理矢理音声に合成したところもあれば、段ボールで作ったダミーをスタンドに並べるケースも見られた。

■かつてない苦境が浮き彫りにした存在意義

とはいえ、人工的な演出には限界がある。サポーターの存在しない試合は、モニター越しでも明らかに魅力に欠けるという理由で、ヨーロッパ中のリーグでは放映権料の値下げに応じることも余儀なくされた。

これはクラブにとって問題でも、ウルトラスにとっては、ある意味で吉報だったといえるかもしれない。新型コロナウイルスは、ファンやサポーター、ウルトラスが支えてきた文化を壊滅させるどころか、サッカーや各種のスポーツ、そして地域社会にとっても、彼らがなくてはならぬ存在であることを改めて浮き彫りにしたからだ。

■コロナ禍の最大の犠牲者となった日本

この事実が最もクローズアップされた国は、おそらく日本だろう。

今夏、東京では約半世紀ぶりにオリンピックの夏季大会が開催された。各種の競技会場は当然のように無人で、アスリートの声だけがむなしく響いていた。観衆やファンがいないスポーツイベントほど、味気ないものはない。大会を心待ちにしていた日本の人たちは、応援している選手や仲間と特別な思い出を作る代わりに、スポーツの現場にいかに観客や声援、場内のざわめきが欠かせないかを、嫌というほど思い知らされる格好になった。

東京大会がコロナ禍に直撃されたことは、他の国々の人々にも痛手を与えている。日本のスタジアムには、昔から独特な熱気と声援が渦巻いてきた。しかし東京オリンピックという祭典を通じて、その雰囲気を堪能する機会は、永久に奪われてしまったのである。
編編に続く

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