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混沌と湿地、秩序と都市

「混沌」という言葉がある
意味は「物事が無秩序でまとまっていない様」
英語で言うといわゆるChaos(カオス)である

この「混沌」という熟語を分解すると
「混」はまぜこぜの意味で、「沌」はふさがって、水が流れない様子を表す

このように意味をひも解いてみると、そもそも混沌とは湿地のことを指して使われた言葉であろうと推察される

今や湿地、沼沢地といった場所は文明化された私たちの生活から隔離されて久しい
それ故に混沌という言葉が湿地と結び付けて語られることは稀になったが、「混沌」という概念を人間がいきなり定義したとは考えにくく、そこには混沌とした状態を具現した自然現象があったはずで、それは恐らく湿地であろうと思う

さて、本エントリーでシェアしたHONZ代表・成毛氏が紹介されている本書『イラク水滸伝』は4大文明の一つであるメソポタミア文明が生まれたティグリス・ユーフラテス川流域の湿地帯(アフワール)の探検記である

東えりかと首藤淳哉が揃ってここまで褒めることはほとんどない。HONZ代表としては、読んでいないまでも本棚に置いていないという間抜けであってはならないので慌ててこっそり買った。本書はHONZ関係者の踏み絵になるかもしれない。「あんたはあの本を読んだことがないくせにHONZにいるのか。ホッピー中3杯!」的な恐ろしいことになるかもしれない。てか、東えりかの読書会ってのは下手をすると作家本人を読んでくるので面倒だとは思うw

Posted by 成毛 眞 on Monday, August 14, 2023

一気に読破!というわけにはいかない重厚なボリューム感だったけど、それでも1週間ほどで読了できたのはとても面白かったからである
学生時代、イラン・イラク、行ってみたかったんだよなぁ…(遠い目

久しぶりに400ページ超の本を読み切った気がする…

このアフワール、最大で日本の四国ほどの面積だったこともある広大な湿地帯であり、そこでは30~40万人の「水の民」が暮らしている
同時に昔から戦争の敗北者、迫害されたマイノリティ、山賊や犯罪者などが逃げ込み、捲土重来もとい捲泥重来を期す場所でもあった

そんな中国の梁山泊のような雰囲気に惹かれた著者が、日本とは違う現地の風習や人間関係に翻弄されながら湿地帯に古代の船を浮かべて航行することを目指す、というストーリー

イラク南東部に太古シュメールの時代からその生活様式を保持する人々がいて、彼らを包摂する豊かな湿地帯があることに、イラクについての知識ほぼゼロで「ただ何となく怖い」と思っているレベルの自分などは旅行の醍醐味である発見の喜びを感じる事が出来る

読み進める中で、湿地帯の混沌さが実は豊かさを生む一つの系(システム)だったということに気づかされる
思えば、エジプト文明も中華文明も大河沿いに生まれている
正確には大河ではなく、その流域に広がる湿地帯、その混沌が文明揺籃の核だったんだろう

湿地帯の混沌はただ無秩序なわけではなく、そこから様々な豊かさが生まれる生成的な側面があることを、湿地を離れた僕らは忘れがちだ

でも、20世紀に入り、天体物理学、流体力学、熱力学といった分野において、いわゆるカオス(Chaos)の存在が脚光を浴び、単純なシステムでも非常に複雑な現象を生み出す混沌の性質が再認識されつつあるのは面白い
湿地帯はその混沌さゆえに豊かさを生み出し続ける一つのリアルな系(システム)なのだろう

しかし人間はいつのころからか湿地帯の混沌を忌避するようになった

逆に湿地を整備し、灌漑し、離れて都市を作ることで、混沌の予測不可能な生成力に頼らず、秩序による予測可能な発展を選んだのだろう
恐らく人口増加で湿地帯というカオスの出力内容が人間に有害になってきたという背景があったことは容易に想像できる(例えば疫病のまん延、食糧不足など)

その後、連綿と湿地帯周辺や上流を開発し続けた結果、湿地帯は現在急速に失われているというのはアフワールに限った話ではなく、自然系ドキュメンタリー番組見てるとだいたい毎回聞く話だ

混沌と秩序のバランスをとるのは難しい

ちなみに、この秩序と混沌の関係については、紀元前4世紀の中国の書籍「荘子」の中で既に象徴的に触れられている

昔々あるところに、目・耳・鼻・口が無い混沌という王がいた
そしてある時、混沌の元を二人の王が訪れた
混沌からもてなしを受けた二人の王がお礼として、混沌の顔に目・耳・鼻・口に当たる穴をあけていったところ、7つ目の穴をあけた所で混沌は死んでしまった
というよくわからない話である

しかしこれを人間の話ではなく、エリア開発の話として読むと、これは湿地帯とその周辺領域の開発のことを象徴的に語っているのだということがわかる
人間が悪気なくお目目キラキラさせながら秩序ある開発にいそしむと豊かな混沌は死ぬのである

水面にできた小さな渦に指を突っ込むとあっけなく渦は消えてしまうように、混沌はとてもナイーブな存在なのだろう

そんなことまで考えさせられたので、個人的にはすごく読み応えがあり、得られるものもある一冊だった
いつかイラクに旅立つことが合ったらまた読もう
それがいつかは知らんけど。

そしてここまでお付き合いいただいた方ならきっと「イラク水滸伝」読破できるはず!最後までお読みいただきありがとうございました!


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