女童と娘子

  まっくらくらな時の中。
 カランコロンと音がなる。
 どこからともなく響く音。
 まっくらくらの闇の中。
 娘子(むすめご)ぽつりと居(お)りました。
 ひとりぽっちで居りました
 右も左もわからない。
 上か下かもわからない。
 あるのは闇と娘子と。
 闇の中から声がする。
 ぽとりぽとりと声がする。
 幼き声がどこからと
 無邪気に笑う声がする。
「鬼さんこちら手の鳴る方へ」
 カランコロンと音が鳴る。
 どこからともなく声がする。
 女童(じょどう)の声が呼んでいる。
「鬼さんこちら手の鳴る方へ」
 女童の声が遠のいた。
「鬼さんこちら手の鳴る方へ」
 女童の声はすぐ近く。
カランコロンの音を聞く。
 音のする方へ手を伸ばす。
 されどもそれは何も得ず。
 行き場の無い手は空(くう)から落ちた。
 カランコロンと音がした。
「鬼さんこちら手の鳴る方へ」
 女童の声はぽそりぽそりと聞こえるが、
 真っ暗闇にかき消され。
「鬼さんこちら手の鳴る方へ」
 女童の声は反響し、
 闇の中でふよふよと。
カランコロンと何が鳴る。
「鬼さんこちら……」
 女童の声は小さく消えた
カランコロンの音も消え
闇に残るは私だけ。
まっくらくらにポツリンと
私一人が立っていた。
私が聞いたは何の音? 
 私が鳴らすは何の音?
カランコロンは何の音?

まっくらくらのその場所に
女童たちがおりました。
誰々さんは言いました。
誰々さんが言いました。
あの子がほしい。
あの子じゃわからん。
この子がほしい。
この子じゃわからん。
相談しようそうしよう。
後に残るは売れ残り。
女童は泣いて鳴き叫ぶ。
私も行きたいと泣き叫ぶ。
女童は生きたいと呟いた。
されども皆しらんふり。
 女童はいまだに探してる。
 自分の買い手を探してる。
 女童は何を探してる?

 まっくらくらがやってくる。
 逢魔時に猫が鳴く。
 それを合図にやってくる。
 揺蕩う魂ほだされて。
 白き魂どこへやら。
 黒き魂こんにちは。
 女童たちはあざ笑う。
 飼い猫いじめて遊んでる。
 首輪を千切って逃がしてる。
 猫はどこかへ逃げてった。
 女童は見つけた白い人。
 娘子白く不安定。
 女童は娘子に駆け寄った。
 女童は娘子に声かけた。
「みーつけた」
 女童の口は三日月に娘子の瞳は宵闇へ。
 娘子逃げた。
 なぜ逃げた。
 女童は娘子を追いかけた。
 女童の顔は笑ってる。
寂しそうに笑ってる。
娘子泣いた
なぜ泣いた
その顔髪で隠れてる。 
 

 娘子走る
 どこ向かう
カランコロンと音がする。
娘子の鈴が鳴っている。
女童たちは歌いだす。
女童は歌いだす。
娘子追いかけ歌ってる。
「鬼さんこちら手の鳴る方へ」
 女童たちの声は透き
歌に合わせて鈴が鳴る。
 娘子の居場所を教えるように。
 カランコロンと音が呼ぶ。
「鬼さんこちら手の鳴る方へ」
 女童たちは追いかける。
 一人の娘子を追いかける。
 娘子が転んだ、石に躓き転んじゃった。
 女童は娘子を追い詰めた。
 娘子恐怖におびえてる。
 カタカタ震えておびえてる。
女童が怖い。
女童は娘子に問いかける。
「後ろの正面だーれだ」
女童は嬉しそうに待っている。
まだかまだかと待っている。
名を呼ぶ娘子待っている。
 娘子の声は喉で消え
吐き出されるは残りかす。
「ねぇ、後ろの正面だーれだ」
女童はもう一度聞いてみた。
されども娘子は答えない。
女童の顔はみるみる変わる。
おたふく消えたどこ消えた。
般若のように変わってく。
娘子は泣いた。
一言鳴いた。
「ごめんね」と。
 女童は変わる化け物へ。
 娘子は動けずただ待った。
 自分の運命受け入れて。
 女童は一口平らげた。
 娘子の体は常闇へ。
 女童は言った。
「これでずっと一緒だね」
 

 娘子は女童のことを知っていた。
 女童も娘子のことを知っていた。
 ずっと前から知っていた。
 優しい歌声聞こえてた。
 ずっと一緒に遊んでた。
 カランコロンと遊んだね。
 ドクンドクンと鳴る音も。
 一番近くで感じてた。
 どうして私を忘れたの?
 女童は娘子に問いかけた。
 答える者はいないのに。
   

 娘子泣いた。
 なぜ泣いた?
 お腹を抱え泣いていた。
 ありがとうと泣いていた。
 歌を歌って泣いていた。
 鈴を鳴らして泣いていた。
 カランコロンと鳴らしてた。

 娘子はまた泣いていた。
 ごめんなさいと泣いていた。
 お腹を抱え泣いていた。
 娘子の顔には青痣が。
 体の方も痩せていた。
 娘子を探す声がする。
 鬼の声は地を鳴らし。
 ドシンドシンとやってきた。
 般若の顔してやってきた。
 鬼が持つはこん棒だ。
 赤く染まったこん棒だ
 娘子逃げた
鬼から逃げた。
 のそりのそりと逃げ出した。
 娘子の後には赤い跡。
 その後追って鬼が来る。
 般若の顔して振りかぶる。
 そこに聞こえた笛の声。
 まぶしい光が二人を照らす。
 誰とも知らないその声で 
彼はどこかへ逃げてった。
 そこで娘子の意識は消えてった。

 女童はずっと聞いていた。
 娘子が泣くのを聞いていた。
 謝らなくていいよと慰めた。
 女童の声は届かない。
 それでも女童は言い続けた。
「大丈夫、大丈夫と」
 いつかきっと時は来る。
 だから
ね。
 泣き止んで。
「  」

 娘子はずっと泣いていた。
 弱い自分でごめんねと。
 あなたに会いたかったと。 
 泣いていた。
 抱えたお腹は消えていた。
 娘子の体は痩せていた。
 包帯ぐるぐる巻かれてた。

 女童は娘子を見守った。
 いつかその時が来ると願い。
 娘子が笑っていられるように。
 娘子が強く生きられるように。

 女童と娘子が遊んでる。
 手を繋いで遊んでる。
 女童がいっぱい集まった。
 娘子を囲んで遊んでる。
 かごめかごめと遊んでる。
 一人の女童が問いかけた。
「後ろの正面だぁれ?」
 娘子は笑う。
 嬉しそうに笑う。
 娘子は言った。
 泣きながら言ったんだ
 あの時呼べなかった名を。
「  」
娘子と女童は笑ってた。
 満面の笑みで笑ってた。
 二人は仲良く手を繋ぎ 
その場から去ってた。
 娘子はまたも泣いていた。
 今度は嬉しそうに泣いていた。
 お腹を撫でて泣いていた。
 娘子の隣にはもう一人。
 優男が泣いていた。
 彼も一緒に娘子のお腹を撫でた。
 二人揃って笑ってた。
 ひまわりのように笑ってた。

 女童を呼んでる声がする。
 楽しそうに読んでいる。
 こっちにおいでと声がする。
 声を頼りに歩いてく。
「鬼さんこちら手の鳴る方へ」
 女童は声を頼りに手を伸ばす。
「捕まえた」
 女童の手は引っ張られ
光の中へ飛び込んだ。

 おぎゃぁおぎゃぁと声がする。
 一人の女童が鳴いている。
 娘子に抱かれ鳴いている。
 娘子も一緒に泣いている。
「やっと会えた」と泣いている。
 娘子は女童に名をあげた。
 あの時はあげられなかった名前を。
 娘子は呼んだ、女童の名を。
「こんにちは、鈴音(すずね)」
 娘子も女童も笑ってる。
 満面の笑みで笑ってた。

 女童をあやす鈴の音。
 カランコロンと心地良く。
 女童は思う。
 いつかあなたに伝えたい。
 ありがとうと伝えたい。

 揺蕩う魂どこ消えた。
 まっくろくろの魂どこ消えた。
 黒から白へ変わってる。
 揺蕩う魂天に行く。
 黒から白へ戻されて。
 娘子を探す旅に出る。
  
 女童たちは探してる。
 自分の名前を呼ぶ声を。
 女童たちはまだ知らない。
 自分に名が無いことを。
 それでも女童は探してる。
 自分の名前を知る娘子を。

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