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『犬みたいな名前の食べ物』(ショートショート)



 ガラパコス携帯に、一通のメールが来た。

『今日バイトサボったから。これからそっち行く!』
 
 彼は中華屋で調理のバイトをしていて、いつも脂ぎった床を踏みしめて、ほっぺがぼうっと火照るほどの熱さの中でフライパンを振っている。
 
 そんな彼が、バイトをサボる。きっと「熱が出た」なんて嘘でもついて。
 
 二〇分後、彼が私の元へやってきた。

「悪いな、待たせた」
「待たせたって、ここ私の家だけど」
「そうだよな。待たせた、が癖になってて」
「何それ」
「ああ、そうだ。これ一緒に食べようぜ!」
 
 彼は時々不思議な行動をするけど、今日の場合はホットドッグを二つ、紙袋に入れて持ってきた。

「え、なんで?」
「いや、俺の家の近くにキッチンカーが来ていてさ。美味しそうだからそこで買ってきたんだよ」
「いや、私ダイエット中なんだけど……」
 
 しかし彼のご好意を無視するわけにもいかず、私はホットドッグを一つもらって、口にした。

「美味いな。ソーセージがパリパリだな」
 
 たしかにソーセージの食感が良く、ケチャップの酸味とマスタードの辛味が口の中に広がる。

「うん、美味しいね」
「やっぱ買ってきて正解だったよ」
 しかし満足げな彼を横目で見て、私は不安になる。まさか、犬みたいな名前の食べ物だけで終わってしまうのだろうか。

「あのさ」
「何?」
 
 口の付近にケチャップをつけた彼は、無邪気で可愛い。だけど、私はより深い愛を求めてしまう。

「どうして今日バイトをサボったの?」
「なんとなく」
 
 なんとなく。そうなんだ。

「そんな日もあるじゃん」
「まあ、あるけど。じゃあ、どうして私の家に来たの?」
 
 彼は即答する。

「なんとなく」
「なんとなくって。もし私が家にいなかったらどうしていたの?」
「なんというか、なんとなく家にいるかなって思ったからそこは心配しなかったな。俺、読みが当たる性質持っているからさ」
 
 なんだそれ。意味不明。

「ということは、あなたはなんとなくバイトをサボって、なんとなく私の家に来て、なんとなくホットドッグを買って食べているってこと?」
「そうだよ。人間らしいでしょ」
「無計画すぎて怖いけどね」
 
 ホットドッグを食べ終えた彼はレモンサイダーを飲んで、私のベッドに転がった。それから靴下を脱いでベッドの下に放り投げ、壁にかけてあるイルカのジグゾーパズルを指差して、
「パズルを家に飾るのって、風水的にダメだってテレビで言ってたぜ」
 と話すのだった。
 
 めちゃくちゃだ。まるで猫みたいに気まぐれ。
 
 いや、ホットドッグなのに、猫って。

「あなたって、何もかも変な人ね」
 
 しかし彼は私の言うことに耳を貸さず、
「あーあ、フライドチキンも買ってくるんだったなあ」
 と嘆くだけだった。

 結局、彼はこの日が私の誕生日であることに触れなかった。忘れていたのか、あえて触れなかったのか、そこまではわからない。

「今日は泊まるわ」
 
 そう言って、彼は私のベッドで眠った。だけど、うんざりする気持ちなんて全く起きない。彼はこういう人間だから。

「フライドチキンでも食べるか」
 
 家を出て近くのコンビニでフライドチキンを買って立ち食いする私を、彼は知らない。
 
 なんだこれ。まあいいや。 

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