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まさに多様性


 青年は、誰かのために生きようとしました。ダメでした。

「ようやく地球にも地底人が出てきましたか。見た目は、もぐらみたいですよね。もしくは宇宙人。見た目は、メイクバッチリの黒ギャルみたいで怖いと。ああ、こっちでは普通ですよ。地底人も宇宙人も、鳥人だっています。魚人も、蟹の妖精も、ケンタウロスも。最近は人間も増えてきて。まさに多様性ですね」

 青年は正義は勝つ! と信じていました。嘘でした。

「ああ、あの年はたくさんの人が傷を負った年でしたね。いろいろありましたから。振り返りたくない年ですよ。セミが死ぬとき、あなたは何かを感じます? あ、セミが死んでる。それと同じ感覚を持つしかない。今更ですが、虚無になることがおすすめですよ。生きたいなら、多少は残酷な現実に耐えましょう。まあ、本当に今更ですが」

 青年は世間に流されていました。だから犯されてしまいました。

「なんだかね、あの世界は偏っていました。その偏りを、ほとんどの人が愛してしまった。その結果、命を落とすことになるとは思ってもいなかったでしょうね。正直、気の毒としか言いようがないです。自己責任、なんて酷い言葉、私は使いたくないですね」

 青年はどうにも怒りを抑えきれず、自分の感情を武器に込めました。

「凶暴化するのも当然ですよ。我慢していられる世の中じゃありませんでしたからね。むしろ、今までが大人しかった。私だって、沸々と湧き上がる気持ちを抑えられませんでしたよ。だから革命を決行しました」

 青年は警察に逮捕されました。大きなものに逆らってしまったからです。

「後悔はないですよ。むしろ、私は自分自身の行動を誇りに思っています。それでね、人生ってのは何が起こるかわかりませんよ。もちろん、一瞬でめちゃめちゃになることもある。だけど、奇跡が起こることもある。不思議なものですよね」

 青年は地底人が掘った穴から抜け出して、脱獄しました。そして、宇宙人が作った空飛ぶ自動車に乗って、月まで移動しました。

「そして、私は月の住人になった。私は自分を守るために生きることにしたわけです。我ながら、賢い判断だと思いますよ。要は、あの世界に見切りをつけたわけですよ。人間が生み出した社会って悪魔的な組織から抜け出して、新しくて小さな世界に移動したわけです。罪悪感もありますし、ずるいと思われても仕方がないでしょう。ただ、私は選ばれてしまった。そして私は拒まなかった。それだけです」

 青年は数年後に鳥人と結婚しました。子供は卵から生まれました。

「まさに多様性ですよ。人間と鳥人のハイブリッドなわけですから。ほとんどの人は気味が悪いって感じるでしょうね。なんといっても、偏っているわけですから」

 青年は生まれた子供を大事に育てました。そして、今に至ります。

「もう、私もすっかりおじさんですよ。あれから地球がどうなったのか、映像で確認しました。一つ言えるのは、やはり離れてよかった」

 おじさんは、人間の耳と鳥のクチバシを持つ子供と一緒に、月でダンスをします。クラップをします。腰を揺らして、時々歌います。彼らは口を揃えていいます。

「幸せです」


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