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創作小説「ぜーに、がめがめがーの真相」

「ぜーに、がめがめがー!!」

幼稚園くらいの女の子が男の子に向かってそう話しかけていた。男の子も女の子に負けじと大きな声で、

「ぜーに、がめがめがーーーーーー!!!!」

と叫ぶ。お互いに言うとニコニコと笑顔で笑い始めた。

そう言ってふたりは手をつないで、道の向かいの公園に遊びに行った。

とても微笑ましいのだが、一体何の遊びだろう?

最近社宅に住んでいる子どもたちの間で、不思議な呪文をとなえる遊びが流行っていた。

×  ×  ×

私は旦那が勤めている会社の異動で、この社宅に越してきた。

初めての異動で内心すごく不安に感じていたが、社宅に住んでいる人たちは大変いい人達ばかりでホッとしたのを覚えている。今では世間話をするくらいには仲がいい。

特にお隣さんには、何かとお世話になっていた。

ーー以前私が高熱を出して寝込んだときだ。

私のあまりの顔色の悪さに旦那は有給を取ろうとしたけど、私が大丈夫と言って無理矢理会社に出社させたのだ。

旦那を出社させると、気が抜けてさらに体調が悪くなり苦しかった。

当時携帯電話もまだ普及しておらず、今のように気軽に電話ができなかったことも体調を悪化させる原因だった。

はあっ、しんどい。これ、けっこうヤバいかも。

旦那から私の体調が悪いことを聞き、心配して来てくれたお隣さんがいなかったら、今頃どうなっていたか考えたくもない。

お隣さんが運転する車に乗せられ病院に連れて行かれたら、医者にものすごい勢いで怒られた。

もっと遅くに来たら、今頃こんな風に喋っていられなかったらしい。

この件以来、旦那と私はお隣さんに頭が上がらない。

お隣さんは「もう無理しちゃダメよ!頼れるときに頼りなさい!」といって、さらに面倒見が増していた。あれ、お隣さんって前世は仏様だったのかな?

そんなお隣さんには今年幼稚園に入った女の子がおり、20も年が離れた私に対してずいぶん慕ってくれていた。

そんなお隣さんの子が一度だけ、機嫌を悪くした出来事がある。

「ぜーに、がめがめがー!!」

お隣さんのお子さんが私に叫んでいた。

「えっと、何だろう。ぜーにでいいのかな?」

私の返答に大層不満そうな顔をしたお隣さんのお子さんは、

「お姉ちゃん、知らないの?」

と言った。顔には「何それ、信じられない!」と言いたげな表情を浮かべている。

「うん、ごめん。知らないんだ。」

「仕方ないな~、わたしが教えてあげる!」

と言って、

「ぜーに、がめがめがーって言ったらぜーに、がめがめがーって返さなきゃ言けないんだよー!」

「うんっ?」

「とりあえず、やってみよう!ぜーに、がめがめがー!」

「えっ。ぜーに、がめがめがー?」

私の困惑した返答にお隣さんの子は不満げだ。

「お姉ちゃん、もっと元気にいってよ」

えっ、そんな所も求められるの?!

「もう一回やるよ!ぜーに、がめがめがー!」

「ぜっっ、ぜーに、がめがめがーーーーー!!!!!」

半ばやけくそで言った。犬を連れて散歩していたおじいさんは不審そうな顔でこちらを見る。

待って、そんな目で見ないで、私だって恥ずかしいです!

私が羞恥にまみれているなか、お子さんは私の返答に満足したらしい。

「ありがとう」

ああ、こんな嬉しそうな顔をするなら言ってよかったのかな?

そのとき向かいの公園からお友達がお子さんを呼んだ。こっちで遊ぼうよとのことらしい。

「お姉ちゃん、またね!」

そう言って、道路をわたって振り返って言った。

「またいうから、今度もいってね~!」

えっ、このやりとりこれからずっと続くの?

× × ×

お子さんの宣言通り、あの一件以降もこのやりとりが求められ、周囲から【ぜーに、がめがめがー!】のお姉さんとして認知されるようになった。ちょっと、恥ずかしいです。

「最近うちの子と仲良くしてくれてありがとうね」

「いえ、こっちも仲良くしてくれて嬉しいです。ところで」

以前から気になっていたことを

「あの不思議な呪文って、何なんですか?」

「呪文?」

「あの、【ぜーに、がめがめがー!】ですよ」

「あら、知らないで言ってたの?あれは”ぜにがめ”よ!」

「えっと、”ぜにがめ”ですか?」

”ぜにがめ”って、あの縁日とかで売っている【銭亀】のことだろうか?

私は頭の中で疑問符が並べながら、うんうんと頷いた。

「最近流行っているのよね~。うちの子、”ぜにがめ”が特に好きみたいで集めてるのよ」

【銭亀】を集める??

えっと、お隣さんの家には【銭亀】がたくさんいるの?

「”ぜにがめ”を育てるのすごっく頑張っているのよ!」

お隣さん家は生き物を育てる大切さを教えているらしい。小さい頃の教育って大事だよね、自然と触れあうこととか。

「ところで3階のお子さんが今度……、」

私がつい感心していたら、世間話は別の話題に移り変わった。私はうんうんと頷きながら話を聞いていた。

このとき、私は大きな勘違いをしていたことに気づかなかった。

×  ×  ×

「最近社宅の人と仲いいな」

「そうそう、仲良くしてもらってる」

夕飯のサンマをほぐしながら、旦那と今日会った出来事を話す。

「なんか噂で【ぜーに、がめがめがー!】のお姉さんって呼ばれているみたいだけど、どういう意味なんだ?」

「えっ、うそ?会社でも噂になってるの?」

「まあ、社宅の話題は会社にも聞こえてくるしな」

「何それ、ちょっと恥ずかしいかも」

私はパッと顔を手で覆った。

「まあ、いいんじゃないか。子どもに慕われて、社宅の人と仲が良いなら」

「それならいいんだけどね。なんか自分でもよく分かってないんだよ。【ぜーに、がめがめがー!】の意味」

「えっ?分かってないで言ってたの」

「お隣さんのお子さんが【ぜーに、がめがめがー!】って言ったら、同じように返すんだよって言われて」

「魔法の呪文か何かか、それとも合言葉?」

旦那は何だろうと頭を傾げていった。

「そうなのかな?お隣さんに聞いたら、【銭亀】だって言われてさ。【銭亀】って縁日で売っている亀のことだよね」

「お隣さん亀飼ってるの」

「そうみたい」

旦那はえらくその話題に食いついた。

「なんかいいな」

「えっ?」

旦那は心底羨ましそうな顔で、ぽそっと呟いた。

「うちのお袋、動物苦手だったから。昔ペット飼えなくてさ」

「うん」

「だから友達が犬とか飼っているの憧れたんだよ。でもダメってさ」

「そうねえ、友達とか飼っているの見ると羨ましいよね。あなた特に動物好きだから」

動物が好きなのに交流できないって、なんか寂しいな。旦那は私の言葉に、

「そうなんだよ~!だから縁日へ出かけたときに、金魚すくいとか銭亀すくいやりたいって言っても、ダメの一点張りでさ」

旦那の声が本当に羨ましそうにぼやいているので、ついこう聞いてしまった。

「今度うちでも飼ってみる?」

旦那はパッと顔をこちらに向けてから、はっとした表情で

「おっ、いいの?知り合いに聞いたけど、亀の飼育ってけっこう大変だぞ」

「頑張ってみる、大事に育てるから!」

私がそう言うと、旦那が嬉しそうな顔をした

「俺も大事に育てるよ」

×  ×  ×

「実は旦那と話していて、うちも【銭亀】を育てることにしたんですよ」

次の日、さっそくお隣さんに報告した。

「えっ、お宅も”ぜにがめ”育てるの!」

「だから【銭亀】を見せて欲しいんですけど」

育てるのに参考にしたくて......。と呟くと、お隣さんはポカンとした顔をして、

「まあ最近流行ってるしね、うちの子が帰ってきたら見せてあげるわ」

「ありがとうございます」

あれっ、お子さんも一緒にいないと見れない感じなの?と疑問に思った。

「勝手に触ると怒るのよ。とっても大事にしているのよね」

お子さんは【銭亀】を大層大事にしているらしい。生き物を大事にするって、将来良い子に育ちそうで私は安心した。

「じゃあ、幼稚園が終わった時間だから......、16時くらいにうちに来て頂戴」

×  ×  ×

「おじゃまします」

約束の時間になり、お隣さんの家にお邪魔した。お隣さんとよく話しているわりに、今回初めてお宅にお邪魔することになる。

急な話だったからうちにあったお煎餅しか持ってこれなかったけど、大丈夫だろうか?

「あら、このお煎餅。交差点のとこの?これおいしいのよね、ありがとう」

うちの子もきっと喜ぶわ。そう言って、お隣さんはお煎餅を受け取った。

私はお煎餅を渡しながら、【銭亀】はどこにいるのだろうとそわそわする。そっと周囲を見渡したが、【銭亀】を飼育している水槽は見当たらない。

ベランダかな?

「あの【銭亀】ってどこで飼っているんですか?ベランダとかですかね」

私がそう尋ねると、お隣さんは不思議そうな顔をして

「あらっ、ベランダって何のことかしら?」

えっと、なんだか話がかみ合わないな。

「亀を飼っているんですよね?」

お隣さんはキョトンとした顔をして、

「うちは亀飼ってないわよ?」

と答えた。

「えっ?!じゃあ”ぜにがめ”って、何なんですか?」

数秒間が開いて、お隣さんは何かを悟ったらしい。

「あははっ、あはは!!」

突然大笑いをし出した。私何か変なこと言ったかな?!

「ああ、ごめんなさいね。違うの、本当にちょっとね」

お隣さんはお腹を抱えて笑っている。そのときだった。

「お母さん、ただいま~」

お子さんがどうやら帰ってきたらしい。お隣さんは

「ちょうど良かった。あの子に”ぜにがめ”を見せてもらったらいいわ」

「あれっ、お姉ちゃん?遊びに来てたの」

「ねえ、しーちゃん。お姉ちゃんに”ぜにがめ”を見せてあげて」

しーちゃんの”ぜにがめ”見たいんですって、と笑いをこらえながらそう言っている。

?!

”ぜにがめ”って一体何なの?

私は頭の中でパニックになりながら、

「見せてもらってもいいかな?」

と尋ねる。お子さんは満面の笑みで、

「いいよー!!ちょっと待っててね」

と言って、隣の部屋に何かを取りに行った。取りに行くって、何を?亀を?

するとすぐにお子さんは帰ってきて、四角い機械を私に見せる。

「これが【ゼニガメ】だよ!」

画面の中にドットで表現されたキャラクターが映し出された。

?!!!

「これが”ぜにがめ”?」

「そうだよ、私の【ゼニガメ】強いんだよ」

強いって何?!と心の中で思っていたら、

「わたしのゼニガメなら、イワークもこうかはばつぐんだよ!」

と誇らしげに言っているお子さんは言った。私はぽかんと大層間抜けな顔をしていたらしい。お隣さんは私達のやりとりを見て、腹を抱えて笑っていた。

×  ×  ×

「えっ?!!”ぜにがめ”って、縁日で見かける【銭亀】じゃなかったの?」

「そうなの、ゲームのキャラクターみたいで」

すごく恥ずかしい。そんな私の様子を見て、お隣さんはもう笑い上戸になっていた。

「それでさ、私もゲーム買ってもいいかな?お隣さんに【ゼニガメ】を育てるって勘違いされてて」

それを聞いた旦那は笑って、

「あはは!!いいよ。俺も興味あるし、そのゲーム。名前なんて言うの?」

「ポケットモンスター、縮めてポケモンっていうみたい」

あの後、お子さんの普及活動によってビデオに録画していたアニメを見せられた。

例の「ぜーに、がめがめがー!」はアニメで【ゼニガメ】が言った台詞らしい。なんて言っているのかさっぱり分からないが、子ども達の間で大変流行っている言葉だそうだ。

とりあえず今回の一件で学んだことは、よく分からないことを勝手に判断しちゃダメってことだ。分かったふりはいけないよね。

人の話をちゃんと聞こう、あと世の中の流行には敏感になれってことだね。うん、勉強になった。

とりあえず今度購入するゲームで、最初に選ぶポケモンはもう決まった。

もちろん【ゼニガメ】である。

とりあえず、一生忘れられなさそうなエピソードになりそうだ。

×  ×  ×

後書き

この創作小説は、昔母がポケモンの存在を知らずにゼニガメを【銭亀】と勘違いした話をもとに創作しました。

いやまさか20年以上経っても、絶大の人気だね【ポケモン】。

小さい頃私の周りでは、ピカチュウ語よりゼニガメ語とフシギダネ語が流行っていました。決して、ヒトカゲが省いたとかじゃないです(汗)。

この話を執筆しようと思ったのは、SCRAPが提供するオンラインリアル脱出ゲーム「劇場版ポケットモンスター ココ」の「幻のポケモンの森からの脱出」をプレイして、昔を懐古したのがきっかけでした。

難易度は最初「今回のSCRAPの問題らくしょー」と思ってたのに、最後に苦戦しました。やっぱ、SCRAPはSCRAPだった。

久しぶりに遠方に住んでいる友達とオンラインで遊べたので楽しかったです。

オンラインでも楽しめるコンテンツが増えてきて、みんな逞しく生きているなと感じています。

サポートありがとうございます。