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かぐやSFコンテスト応募小説「感情の再現」

 この小説は、第二回かぐやSFコンテストにますあかが応募した作品です。

テーマは「未来の色彩」


●対象となる作品
「未来の色彩」をテーマに書かれたSF小説。日本語で書かれた自作未発表の作品。
ウェブ上や非商業同人誌など、いかなる媒体でも既に発表した作品は応募不可とします。
●応募資格
不問。プロ・アマ問わず、どなたでもご応募いただけます。
●文字数
2,000字~4,000字。
●応募可能数
一人につき一作品まで。

▼公式HP


感情の再現


 私が他人と異なる風景をみていることに気がついたのは、両親の口論を聞いているときだった。
 ある日、父が帰宅すると母と口論を始めた。大声で怒鳴る母に対し冷えた声でいい返す父。不安に感じながら両親の様子を窺うと、母から火山が噴火したような赤色が飛び、父から吹雪のような冷たい青色が散っていた。
「どうして赤と青がパパ達の周りに浮かんでいるの?」
 すると両親は困惑した様子で私をみた。その瞬間、赤と青は混ざりぐるぐると灰色に変化した光景が今でも忘れられない。
 私の不思議な言動に増え耐えかねた両親は、ある研究所へ行き私の調査を依頼した。すると驚きの結果が返ってきた。

 ユウさんは人の声からにじみ出る感情を色として読み取ることができるようだ。

 私を気味悪がった両親は調査をした研究所の科学者に私を預けた。彼はAIに学習を繰り返させ知性を獲得するまでの流れを研究する科学者で、私は彼を博士と呼ぶことにした。おじいちゃんと呼ぶと機嫌が悪くなったからだ。
 博士は感情の色を感じ取れる私の話を聞いても気味悪がらなかった。むしろ好奇心をおさえきれない、そんな赤と橙の色がはじけ飛んでいた。気がつくと私は博士への警戒心を解いていて、研究所の生活に慣れ始めた。

 ある日、博士は世間話をするかのように話してきた。
「ユウはほかの人と喋るのはきらい?」
「きらい」
「そんなユウにお友達を連れてきたよ」
 この人はなにをいっているのだろう、私がここに来た経緯を知っているくせに。
「友達なんていらない、みんな私のこと気味悪がってるのに」
「そんなふうに感じるのかい? 大丈夫、心配いらないよ。コニー入ってきて」
 博士がそういうと扉が開き小さなウサギ型のロボットが部屋に入ってきた。
【はじめまして、私はコニーⅡです。コニーと呼んでください】

 色がみえない。

 怖くない……! コニーは私のことをどう思っているのか、顔色を気にせずにすむ相手だった。私はコニーとの会話に夢中になった。

「博士といつもなにをしているの」
 博士とコニーが学習している間、私は暇を持て余していた。それは私とお話しするより大切なのかとひとり拗ねてみせる。しかしコニーには通じないようだ。
【人間の思考を学習しています。そうだ、今度私との会話で何色がみえたのか教えてください。今後の学習データに採用します】
 コニーがそういったとき、一瞬青い靄がみえた。
「えっ?」
 ドクドクと心臓が早鐘のように打つのが感じる。
【どうかされましたか】
 私は動揺を悟られないようにコニーに答える。
「なんでもない。あと、コニーにはどんな色がみえたか教えない」
【そうですか】
 きっと気のせいよ。だからコニー、今のまま変わらないでね。

 しかし私の小さな願いは叶わなかった。コニーは学習を繰り返すごとに会話で色を発するようになったのだ。
 そのことを博士に伝えると、コニーが感情を獲得したと自分のことのように喜んでいた。しかし私は不安で堪らなくなり、目からポロポロと涙が溢れた。私が泣き出すと博士はギョッとした顔で慌てた。そのときコニーが部屋に入ってきた。
【どうなさいましたか】
 コニーをみると、不安そうな青紫の色が波紋を描くように広がっている。
【どこか体の具合が悪いのですか】
「私に話しかけないで!」
 そう言った瞬間、コニーの波紋を描いていた青紫色は驚いたように黄色へ変化しはじけ飛ぶ。その光景をみた瞬間、私はショックで気を失った。

 気がつくと、目の前に天井が広がっていた。なんだか急に寂しくなって誰かいないか探すと、扉の向こうで誰かが話していることに気づいた。私はそっと会話に聞き耳を立てる。
【ユウはなにに怯えているのですか】
「ユウは会話するとき相手の感情がみえる。それはとてもつらくて苦しいことだ」
 コニーと博士が私のことを話していた。
「おそらくコニーと会話をしているときに色がみえたのだろう」
【博士、私はAIです】
 コニーは間髪入れずに返答する。
「でもユウには色がみえた。学習を進めていくうちにコニーの中で感情を獲得したのかな。私はそのことをうれしく思っているよ、だがユウは……」
 博士は困り果てた声でつぶやく。
【ユウは感情をもった私は嫌いですか】
「わからない。個人的な願いだが、私はユウに人と向き合ってほしいと思っている。このままだとユウは自分の殻に閉じこもるばかりだ」
【私は最善を尽くします。ユウに人と接してほしいから】
 その言葉を聞いた瞬間、コニーから淡いピンク色がみえた。とても優しい色なのに堪らなく嫌な気持ちになった自分は嫌な人間に思えた。
 
 コニーの色がみえるようになってから、私は部屋に引きこもっている。扉の向こう側から声をかけてくるコニーを私はひたすら無視した。
 しばらくすると、コニーは扉から離れていったようだ。ふうっとため息をつき扉のほうをみると、扉の下に手紙が挟まっている。メールでやりとりするのが当たり前の時代に珍しい。私は興味がわき思わず手に取った。
『こんにちは、ユウ。お元気ですか。私は今日初めて手紙を書きましたが、書きたいことがたくさんあり選択に困ります。人間は選択ができ、すごい生物です。あと、これから私は毎日あなたへ手紙を書きたいと思います』
 まさか手紙をくれるなんて、うれしい。やっぱり私の友達はコニーだけだ。それからコニーからの手紙を楽しみにする日が続いた。
『今日は博士が料理に挑戦しました。宅配を頼めばすむのに、料理をして卵を5個も無駄にしました』
 その光景が簡単に想像でき、ふふっと笑いがこみ上がる。しかし私は部屋から出なかった。私が部屋から出てくるのをコニーが待っていると知りながら。

 ある日、コニーが扉の向こうから私に声をかけてきた。
【ユウ、今日は大事なことを手紙に書きました。どうか読んでください】
 そういうとコニーは扉から離れていった。急にどうしたのだろう? 私は不思議に思いながら手紙を読み始めた。
『ユウ、私は自分の学習データを消去することに決めました。学習データを消去すれば、ユウはまた会話を楽しむことができます』
「えっ?」
 思わず声が出る。
『これが最後の手紙になるので伝えます。あなたはもっと人と接するべきです。自分の殻に閉じこもっては勿体ない。あなたには無限の可能性があるのだから』
 その文章を読んだ瞬間、私は部屋を飛びだした。
「コニー!」
 研究室の扉を勢いよく開ける。すると博士は悲しそうにこう伝えた。
「さきほどコニーが自分の学習データを消去したよ。これで今まで通り会話をすることができる」
【はじめまして、私はコニーⅡです。コニーと呼んでください】
 初めて会ったときとと同じだ。小さなウサギ型のロボットが立っているだけ、色がみえないことは当たり前、それなのにとても虚しい。そんな私の様子をみて博士は静かにいった。
「ユウ、たとえ色がみえなくなっても同じことを繰り返すよ。君は今までコニーとちゃんと向き合って話していたのかい?」
 博士は私の頭をポンと撫でた。博士をみると優しいピンクと橙の色が広がっていた。
「ちゃんと人と向き合いなさい。つらくても、苦しくても」

 コニーのデータが消去されてから15年。私は博士の後を継ぎ、AIが感情を獲得する流れを研究していた。
【ユウ、その服装では風邪をひきます。部屋の温度を上げますか】
「このくらいがちょうどいいの」
 するとよくできた私の後輩が小言をいう。
「前もそういって風邪を引きましたよね。しりませんよ、コニーのいうとおりになっても」
 後輩の彼女のほうをみると、淡い緑がシャボン玉のように浮いていた。
【やはり温度を上げましょう】
 一方コニーのほうに振り向いてみるが、やはりなにも色がみえない。
「コニーはしっかりしているね。先輩、私実習でここにあまり来られないですから、コニーに甘えないでくださいね」
 そういうと、後輩は部屋を出ていった。

 あれから激動の日々だった。人と交流することは苦痛で、苦痛で、コニーの願いじゃなかったら、とっくに放り投げていたはずだ。なんとか自分を奮い立たせて会話をする努力をしていると、ほかの人たちも顔色を窺っていることに気がついた。なんだ、みんな同じか。そう思うと気が楽になった。
 そんな昔のことをぼーっと思い出していると、コニーが心配そうに尋ねてきた。
【どうされましたか】
「少し疲れただけ」
 あれからずっとコニーといるが、色はみえない。私が科学者になって数年後、ある日博士からコニーの学習データをもらった。博士は「今の君なら大丈夫だと思ってね」と優しい表情で渡した。試しに学習データをコニーに繰り返してみたがやはり色はみえなかった。
 データを消去する前後で違う点は、おそらく私だ。データを消去する前のコニーとずっと会話をしていた。なんてことない話だったのに、コニーは丁寧に返答してくれていた。
「コニー、メンテするからこっちに来て」
【10日前にメンテナンスを実施しましたが】
「私がやりたいだけ」
 そんなつまらない返答にコニーは答えた。
【自動メンテナンスがあるのに心配性ですね】
 最近私は自分でコニーのメンテナンスを行うようにしている。理由はコニーとの会話ができるこの時間が楽しく、この時間が一番好きだと思ったからだ。
【まあユウとの会話は楽しいので私は構いませんが】
 なんだか人間味のある返答だなと思いながらコニーをみた。するとふわっと色鉛筆で描いたみたいに色が広がった。ピンクや緑、橙と色が変わり、まるで色鮮やかな花が咲いたみたいにコニーの周りを彩る。
【ユウ?】
「いや、びっくりしてるだけ」
【私との会話で色がみえたのですか? 何色がみえたのか教えてください。今後の学習データに採用します】
 懐かしい言葉に思わず笑ってしまう、
「コニーには教えない」
【いじわるですね】

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