マスダノリコ

ここでエッセイのレッスンをしています。

話せないこと

気の合う友達とお酒を飲んだりスイーツを食べたりしながらおしゃべりすることほど楽しいことはない。日ごろのモヤモヤを愚痴って慰められたり励ましたり、今度会うときまで頑張ろうねと約束した帰り道は、疲れていたはずなのに足取りも軽くなる。

 とはいえ、私は仕事のことは愚痴るけど、プライベートで悩んでいることについては、よっぽどでないと話さない。ええかっこしいなのである。そしてよっぽどのことを相談できる友人

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印象

更新料が引き落とされていたので今のマンションの契約をして1年だということに気付いた。前の住まいからの立ち退きで、実際に住み始めたのは8月1日、引っ越したのは7月8日。七夕の夜に徹夜してなんとか荷物を纏めた。悲しみと怒りでいっぱいの、ロマンチックの欠片もない夜だった。

 引っ越しをきっかけに、自分を苦しめていたさまざまなものを叩きつけるように捨ててきた。中には今でも尾を引いていて対応に時間を割いて

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音楽をアップデート

私の暮らしには音楽という成分が圧倒的に欠けていた。

 諸悪の根源は変わり者で偏屈な父である。父の父である祖父は家に芸者を呼んで遊ぶような粋人であった。音楽や芸能を楽しむ暮らしで、伯母は日本舞踊に熱心だった。しかし、少年時代からそういう家に反発していた父は、祖父とは真逆のタイプの大人になった。

 そんな父だから、私の家には楽器もステレオもなかった。音楽番組は見せてもらえなかったし、コンサートや芝

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くりかえし

自分の仕事や生活を犠牲にして病気の人の面倒を見たがる友人がいる。私はいつも「そんな苦しいところに飛び込まなくても、もっと楽しく過ごしたら?」と不思議に思っていた。けれど彼女が夫を亡くしたとき、思うように看病できなかったことがずっと心残りになっているのだと知ってからは、何も言えなくなった。時間を巻き戻してほんとうのやりなおしはできなくても、せめてもの癒やしになるのかもしれない。それでももし、目の前の

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マンションの名前

昔、ロイヤルマンションという名前のマンションに住んでいた。

 ロイヤル。皇族ですかと突っ込みたくなる名前である。ロイヤルマンションは当時としてはお洒落なデザイナーズマンションだった。渡り廊下があって、川の向こうの町までよく見えた。下の階に住んでたウエノさんは元気かなあと今も思い出すくらい楽しく暮らしていたが、マンション名を書くのは恥ずかしかった。

 パークハイムという名前のマンションに住んでい

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いわゆるモテるということについて

モテてもしかたない、いやモテるとかえって不幸を招くというのは、長年に渡って主張している持論である。

 というのも、間近で見てきた異性の肉親である父と弟はモテる方だったが、そのことが彼らの幸せに繋がっているようにはまったく思えなかったからである。

 私の弟は凄まじくモテた。弟が自分でどれだけモテるのか姉である私に直接話したことはないが、中学生のころは毎年バレンタインデーとなるとチョコレートでパン

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