音楽をアップデート

 私の暮らしには音楽という成分が圧倒的に欠けていた。

 諸悪の根源は変わり者で偏屈な父である。父の父である祖父は家に芸者を呼んで遊ぶような粋人であった。音楽や芸能を楽しむ暮らしで、伯母は日本舞踊に熱心だった。しかし、少年時代からそういう家に反発していた父は、祖父とは真逆のタイプの大人になった。

 そんな父だから、私の家には楽器もステレオもなかった。音楽番組は見せてもらえなかったし、コンサートや芝居はもちろんのこと、盆踊りに行くのさえ禁じられた。父にとっては音楽、ひいては芸能に繋がる人間はみなヤクザと繋がっていて、真人間ではないのだった。テレビで人気の歌手や俳優は「河原乞食」という時代錯誤の言葉で差別していた。幼い私が憧れた日本舞踊やバレエを習う女性は、父にとっては売春婦同様であった。

 たしかに近代以前、芸能にはそういう側面もあっただろう。しかし今はそれはスパイスのように残っているだけで無害であり、娯楽という域を超えて芸術と見なされているものさえある。私はそういうことを父に伝えて反論したかった。しかし、いかんせん小さな子供で父が芸能のどういう点を忌み嫌っていたのかが、今一つはっきりとはわからなかったのである。

 私が恵まれていたのは、両親以外の周囲の大人がマトモだったことだ。本家の援助でピアノは少しの期間習うことができたし、家に呼んでレコードを聴かせてくれる伯父もいた。

 中学生になると、私は父に反発するようになった。クラブはフォークソング部に入った。知人からクラシックギターを譲ってもらい、その後自分でフォークギターを買った。作詩作曲したり、歌ったりするのが楽しかった。すぐに才能はないと気付いたけど、ギターケースを持って町を歩くのが誇らしかった。父には内緒で中学生同士でコンサートにも行った。デビュー当時のYMOの大阪公演に行ったことは私の自慢だ。

 もうずいぶん前、もっと生活に音楽を取り入れようと思ってCDを買った。最初に買ったのは70年代ヒットソングみたいなものである。LPレコードは手放したから久々に聴く曲もある。聴いていると当時のことが蘇って来て、ものすごく懐かしくなり、伯父が聞かせてくれたビートルズやカーペンターズをCDで買い直した。クイーンとキッスのベストも買ったが、これは掃除のBGMになった。イギーポップも何枚か買った。仕事に行く前にイギーポップで気持ちを持ち上げるのが習慣になった。

 そんなに聴いていたのに、私はあるとき突然そういった曲すべてが嫌になった。懐かしくて安心できて落ち着けるのに、CDすべてを放り投げてしまいたいような衝動に駆られたのである。なんで私こんな風にしみじみしてるん? 昔の曲はもういい、今の、今の曲が聴きたい!

 けれど聞かれずともフアンですと言いたくなるような、ドはまりして布教したくなるような、そんな音楽にはなかなか巡り会えなかった。歌詞が琴線に触れても(いやこういうの、もうジョンレノンで卒業したわ……)と思い、声が好みではなく(癖のある声って、ユーミンとかサザンでお腹いっぱいやわ……)と思ったりする。特に美しい声を求めるのではなく、単に好みの問題であるから難しい。歌詞もいい、メロディーもいけてる、声も好みでも、ルックスでなんか違う……と思ったりもする。いやもうお前何様やねんという感じだけど、自分でもよくわからないこの全ての要素がツボでないと、フアンにはなれませんよね?

 人の音楽の好みは十代に親しんだものでストップするとはよく聞くことだ。私も70年代懐メロでストップしたのだと諦めていたころ、心を鷲掴みにするような音楽がラジオから流れた。忘れもしない2013年の大晦日、私はお節を作りながらラジオで紅白歌合戦を聞いていた。何、何、何このカッコいいのは?! と手が止まった。

 それがサカナクションである。私はテレビを持っていないので、このとき初めてサカナクションの曲を聴いた。歌詞もいい、メロディーもいけてる、声も好き。おそるおそるYouTubeで動画を見ると、山口一郎さんは無駄な色気がなく、硬質な曲の世界にぴったりはまるカッコよさである。私はたちまちフアンになり、以来、静かな夜の時間に味わいながら聴いている。

 小学校のころからの友人は、私がサカナクションのフアンだと言うと「わかるわー」と言った。中学校のころからの友人は「いかにもやわ」と言い、高校の頃からの友人は「なるほど」と言い、大学のころからの友人は「ああー、ノリはそっちやな」と言った。なんでかよくわからない。けど、それなら早く教えといてくれーと思いながら、十代に親しんだ音楽を何十年ぶりかでアップデートしたのである。

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ありがとうございます。いつもつましい暮らしを送っていますが、くたびれたときは、ちょっといい喫茶店で休憩させてもらうことにします。

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