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菅首相の緊急事態宣言に関する会見をファクトチェック ワクチン接種は「先進国で最も早い」?

菅義偉首相が7月8日に記者会見を開き、東京都に再び緊急事態宣言を出すことを発表しました。その質疑の中で新型コロナウイルスのワクチン接種の進展について、こう発言しました。

先進国で最も早いワクチン接種?

「先進国の中でも最も早いスピードだと言われています」(1:33:50~)

これは本当でしょうか。ライブファクトチェックをしました。

信頼できるデータベースを参照する

国内外の報道機関が参照しているウェブサイト「Our World in Data」には世界各国での、最低1回ワクチンを接種した人口割合や1日あたり接種数などのデータが公開されています。自分で簡単にチャートを確認できます。

菅首相が「先進国」と発言しているので、G7(カナダ、フランス、ドイツ、イタリア、日本、イギリス、アメリカ)のデータを比較しました。

割合は圧倒的に最下位、1日あたり回数も1位ではない

このチャートは2020年12月13日から2021年7月6日までのデータで作っているものです。7月6日時点で日本は26.49%。1位のカナダ68.86%、6位のフランスでも51.37%で、他国から引き離されてG7最下位です。接種開始が2ヶ月遅れたことと、最初の2ヶ月間はペースが遅かったことが影響しています。

このチャートの線の傾きはペースを意味しますが、日本は出遅れただけではなく、1位のカナダの方がペースも早かったことがわかります。会見中に菅首相は日本のワクチン接種回数は1日に「130万回〜140万回」と述べましたが、アメリカでは最も接種スピードが早かった4月10日には460万回接種されています。

僕のツイートに対して「7月6日時点を比べれば、日本が最もワクチン接種回数が多い」と指摘し、僕のファクトチェックは間違っていると批判する人もいました。

ある1日だけを比べることの意味

Our World in Dataで今度は1日あたりの接種数(登録済み)を見てみます。

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わかりやすいように日本のデータだけ色付けています。すでに接種が進んだ国々はスピードが緩やかになり、1日あたりの接種数は右肩下がりになります。それに比べれば、日本はまだまだ接種の拡大期です。

このある一時点だけを持って「日本は先進国で最も早い」と説明することに対しては、多くの人が納得がいかないのではないでしょうか。

ファクトチェックの目的は政権批判ではない

僕のツイートは多くの人がシェアをし、冒頭のツイートのエンゲージメント総数(RTやいいねやクリックなど)26000回、インプレッション29万回を超えました(9日朝現在)。菅政権に批判的な意見とともにシェアする人が多い傾向がありました。

ただ、僕のファクトチェックは菅政権やコロナ対策を批判するためのものではありません。例えば、僕は同じOur World in Dataを活用して、6月22日にこんなツイートをしています。

このチャートを見ればわかるように、日本はG7で比較して、コロナの死者数を圧倒的に抑え込んでいます。

このツイートも別に菅政権のコロナ対策を礼賛するためのものではありません。たんにデータを客観的に提示しているだけです。ツイートでは、ドイツのように抑え込みに成功していた国でも、死者数が急増するケースがあることも指摘しています。

ワクチンに関して言えば、序盤の遅れはあったものの、不可能という声もあった1日100万回を超え、当初言われていたペースよりも早く接種が進んでいることは、評価されるべきことだと思っています(僕もすでに大規模会場で1回接種しました)。

ファクトチェックの定義は「事実の検証」

ファクトチェック(事実検証)は、その名前が示すとおり、「提示された事実」についてそれが本当かを検証するものです。

日本の推進団体「ファクトチェック・イニシアティブ(FIJ)」では、ファクトチェック・ガイドラインでこう定義しています(情報開示:僕はFIJの理事でもあります)。

公開された言説のうち、客観的に検証可能な事実について言及した事項に限定して真実性・正確性を検証し、その結果を発表する営み

わかりにくいので、簡単な例え話をします。

雲雨傘の論理でいう「雲」が検証対象

ロジカルな思考方法として、「雲雨傘の論理」というものが広く知られています。「雲が出ている(事実)」→「雨が降りそう(推測)」→「傘を持っていく(判断)」という3段階の論理的な思考です。

ファクトチェックをする場合、対象にするのは「雲が出ている」という事実の提示の部分です。

ファクトチェック@武蔵

Aさんが「雲が出ている。雨が降りそうだから傘を持っていこう」と発言したものをファクトチェックする場合、その対象は「雲が出ているか」です。

雲が出ていなかったら、Aさんの発言は「誤情報」、雲が少ししか出ていなくて雨が降りそうになかったら「不正確」、雲は出ているけれど明らかに雨雲でなければ「ミスリード」と判定できます。

ちなみにこれらの判定の仕方はFIJが基準の一つとして公開しているもので、世界のファクトチェックをリードするInternational Fact-Checking Network指針に沿うものです。

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推測や判断ではなく、事実の提示部分に着目する

例え、雲が出ているという事実の提示がファクトチェックによって間違いだと検証されたとしても、Aさんが「いや、それでも雨が降るかもしれないから傘を持っていこう」と判断するのは自由だし、そういうAさんの言説を支持する人がいても自由です。

ファクトチェックは事実の提示について検証するのであって、その人の推測や判断・行動を評価するものではありません。

菅首相の「(ワクチン接種は)先進国の中で最も早いスピード」という発言が間違っているとファクトチェックで検証しても、それを持って菅首相のワクチン対策が間違っていると批判するわけでも、菅政権を支持するのが間違っていると言っているわけでもありません。

まさにFIJが定義するとおり、「公開された言説のうち、客観的に検証可能な事実について言及した事項に限定して真実性・正確性を検証し、その結果を発表する営み」です。

ファクトチェックという日本の課題に一緒に取り組もう!

こういったファクトチェックは欧米だけではなく、アジアやアフリカなどでも広く実践されていますが、日本は実践例が少ないのが課題となっており、特に首相会見など影響力の大きな対象をライブでファクトチェックするような取り組みが不十分です。

来年にはそういった組織を立ち上げたいと思っておりますので、ご興味ある方はご連絡ください。


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