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主に新聞に載った詩。
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記事一覧

毛糸を編む      胡桃

毛糸を編む      胡桃

編みかけの毛糸の靴下をとりだした

つま先を残してぱったりやめている

毛糸を触りたくなる温度があるようだ

ある日毛糸に触らなくなり

秋日和のある日もぞもぞ編みだす

編めば手が覚えている



毛糸を編む

夏の日がおだやかに身体にたまっている

なんて素敵な時間 でもふと

生産性のないことをしているような

もっとお金になることをしなさい

誰かにいわれているような



毛糸を編む

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毛糸編む

毛糸編む

 毛糸を編む
             
編みかけの毛糸の靴下をとりだした
つま先を残してぱったりやめている
毛糸を触りたくなる温度があるようだ
ある日毛糸に触らなくなり
秋日和のある日もぞもぞ編みだす
編めば手が覚えている

毛糸を編む
夏の日がおだやかに身体にたまっている
なんて素敵な時間 でもふと
生産性のないことをしているような
もっとお金になることをしなさい
誰かにいわれているような

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開かない饅頭屋

あかない饅頭屋

             胡桃

枇杷の木が枯れた

饅頭屋の前に植えられた枇杷の木

冬に小さな米粒のような花を咲かせる

去年の夏から枇杷の葉が枯れだした

ガラス戸にひかれた白いカーテンはあかない



店はときどきあいていた

その間隔がとおくなる



クリスマスにはケーキを売った

いかにも手作り風で笑ってしまうケーキ

なかに餡子がはいっているのではと

どき

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わたしは 似ている

はじめてあった人に
だれかに「よく似ている」と言われる
その方の友人に
その方の学校時代の先生に
「よくある顔だから」と言葉を返す

アイヌの女性のユーカラを聞きにいくと
そのアイヌの方にわたしが「そっくり」と友人が言った
そうかわたしにはアイヌの血もはいっていたのか

前にテレビで中国雲南省の映像が流れたとき
店屋の前に座るおじいさんは、山形の死んだ祖父だった
「おじいさん、そこで生きていた

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ばっちゃん

雨があがる
丘のうえの畑にきて
まわりの山や牧草地を見わたす
「雨のあとは、みどりがきれいだな」
とつぶやく
いつも畑にすわって草をぬいている
通りかかると
キュウリをもぎ、大根をぬいて
「けっから」という
ばっちゃんが娘のとき
友達と二人で町へいった
遊びすぎて帰りが遅くなり山道は暗くなった
まだ、道路などなかった
大きな木の下で、友達とひとばんすごした
歌をうたいながら、はげましあった
娘の顔

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しとねる

粉に
少しずつ水をしみこませ
しとねていく
ぱさぱさな粉が
耳たぶぐらいの固さに
まとまる

この手は
しとねることができる
手にしかできないこと
子のため孫のため
しとねつづけた

まっ白い粉が
かんたんに手に入る
いい時代になったね
疎開したこの白い国
東京にいた母は焼け死に
父は南の島から帰らなかった

そのまま白い国で
畑を耕し牛を飼いお米をつくって
暮らした
食べ物をつくることに

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竈神

古い曲がり屋のくらがりに
にらみをきかす神がいた
竈の火の神
台所の神様だ
朝も暗いうちにおんなが竈に火をつける
家族が起きる前から
凍える土間にたつ
米が少なければ芋を入れる
芋もなければうすいうすいお粥
生まれた子を流さなくてはいけなかった
これ以上飯食うものはいらないと
大黒柱がいった
竈に薪をくべながら
女は泣いた
竈神はむっと口をむすんで涙をこらえた
竈神が口をへの字にして耐えているのは

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栞                

栞がなくなる
韓国土産の美しい布地にちいさな銀色の玉をつけた栞。裂き織の端布でつくった栞。どこでもらったか四葉のクローバーの押し葉をはった栞。
なぜかなくなる。本にはさまれたまま栞は姿を消す。気に入った頁にうもれている。
栞がなくなるから
きれいな絵葉書をふたつに折って本にはさむ。それさえも足りなくなる。あんなに葉書を折ったのにどこへ行ったんだ。栞とかくと、

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