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白帯あるある「スパーリングで疲れて息が続きません。色帯のひとはなんで平気なんですか?」

初心者の頃にスパーリングをすると、たいてい誰でも1回目で息も絶え絶えになるでしょう。僕もはじめたばかりの頃は、スパーを1回終えたあとゼイゼイ言いながら、マットに倒れて天井を見ていました

帯が上がると心肺能力は上がるのか?

経験を積むとスパーをしてもそれほど息は上がりません。比喩ではなく、文字通り「息を切らさずに」スパーをするひとも少なくありません。もしかすると、練習を続けてきた上級者は、スタミナがまるで初心者とは違うのかもしれません。

Øvretveitは、ブラジリアン柔術の習熟度によって心肺機能や、心拍数、血中の乳酸濃度が異なるか調べるため帯色による比較をしました(Øvretveit, 2018)。心肺機能はトレッドミルを走っている時の最大酸素摂取量(VO2_max)を、一方、心拍数と血中の乳酸は、6ラウンドのスパーリングを行い測定しました。

心肺機能は身体に酸素を取り込む能力を、心拍数は酸素やエネルギーを身体に送り出す能力を反映します。これらが優れていると良く動けるので、ゼイゼイ言わなくなります。一方、血中の乳酸濃度は疲労と関連します。

当然、白帯に比べると色帯でこれらの数値が良いように思います。何しろ疲れているように見えませんから。

ところが、測定の結果、心肺機能も心拍数も帯色による違いはほとんどありませんでした。一方、乳酸濃度は帯色が下がるほど、高い傾向がありました(r = -.56, 注1)。心肺機能には差はないのに、白帯は色帯より疲れているというわけです。なお、最大酸素摂取量については、Andreato たちが過去の論文を集めて分析をしていますが、同様の結果でした(Andreato et al., 2017)。

なぜ心肺機能や心拍数に差がないのか?

技の攻防に習熟するほど、それに必要な代謝、つまり、酸素やエネルギーの供給は少なくて済むようになります。色帯の人とたちが涼しい顔をしているのは、心肺機能が優れているからではなく、体力を使わずテクニックで対応をしているからです

心肺機能は高い方が良いです。ただし、ブラジリアン柔術は緩急が激しいスポーツなので(休む時間があるので)、単純な心肺機能の高さがパフォーマンスに直結しません。もちろん、トーナメントでの試合後の回復には影響しますが、マラソン、水泳、自転車競技などと比べると影響は小さいものです。実際、どこの道場の練習でも、心肺機能を高めることに特化した練習をほとんどしません。トップ選手もそうですね。

John Danaher からのアドバイス

Gordon Ryan、Garry Tononなどを指導する世界的な指導者である John Danaher (Renzo Gracie Academy)が初心者へのアドバイスをしています。Øvretveit (2020)が引用していたものをざっと意訳します。

「初心者がスパーリングで負けてしまう1番の原因は疲労だ。テクニックがないので、体力でカバーしなくてはならない。

その対策として、体力をつけようと、ウエートトレーニングをしたり、心肺機能を高めたりしようとする。こういう対策をとる人はとても多い。もちろん間違いではないし、多少はマシになる。

ただし、テクニックの仕組みを学び、ペース配分を身に付けることに比べれば、体力の向上には大した効果がない。例えば、ベンチプレスを10%重くあげられるようになったり、5 kmを20分で走れるようになったりしても、スパーリング相手は気づきもしないだろう。体力を向上させるのはかなりの努力が必要だ。時間もかかる。だが、それに見合った効果があるようには思わない。

一方、テクニックは違う。テコの原理をきちんと理解して使えば、ほんの少しの違いで劇的な差が生まれる。手の位置一つで相手にずっと強いプレッシャーを与えることもできる。相手をそれだけで止めることもできるし、自分も動かないで済む。テクニックで疲労を劇的に減らすことができる。体力をつけるよりも、時間がかからないし、遥かに効果的だ。だから、疲労が原因でスパーリングがうまくいかないなら、体力をつけるより、テクニックを磨いた方が良い。

Danaher は指導者ですから、テクニックを身につけることを推奨するのは当然かもしれません。とはいえ、帯色で心肺機能や心拍数に差がないなら、やはり違うのはテクニックなのでしょう。

体力で相手と勝負をするより、テクニックで勝負する方が、柔術の楽しさを味わえます。また、体力が落ちる一方のおじさん、おばさんにはテクニック志向のほうが、怪我もしにくいです。ですから、コツコツとテクニックを身につけていくことがよいのではないかなと思います。

引用文献

・Andreato, L. V., Lara, F. J. D., Andrade, A. & Branco, B. H. M. (2017). Physical And Physiological Profiles Of Brazilian Jiu-Jitsu Athletes: A Systematic Review’. Sports Medicine - Open, 3, 9.

・Øvretveit, K. (2018). Acute Physiological And Perceptual Responses To Brazilian Jiu-Jitsu Sparring: The Role Of Maximal Oxygen Uptake. International Journal Of Performance Analysis In Sport, 18, 481-494.

・Øvretveit, K. (2020). Capacity and confidence: What can be gleaned from the link between perceived and actual physical ability in Brazilian jiu-jitsu practitioners?’ Martial Arts Studies 10, 119-127. 

注1:ただし、サンプルサイズが小さかったので有意な相関ではありませんでした。

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