誕生日

【注意】
不妊治療を経て、
妊娠中の妊婦のnoteになります。



一年前の今日は、流産の手術をした日です。

その後のnoteにも書きましたが、流産という形ではあるけれどこの世にこの子が生まれてきた日には変わらないと思っているので、4月28日は第一子の誕生日だと思っています。
旦那さんは仕事帰りにケーキを買ってきてくれました。お祝いしました。
美談にしたいとかそういうのじゃなくて、これが私たち夫婦なりの流産の向き合い方です。

第二子がお腹にいる日々でも、第一子のことは忘れたことはありません。



先日、不妊治療中の話を旦那さんとしていて、こう言われました。
「治療中はとにかく卵や先生たちを信じていればどうにかなると俺は思ってたけど、流産した時の様子を間近でみて、何も言えなかった。何言えばいいか本当に分からなかった。無理かもしれない。って実は思ってた。」


どうやって、私は次に進めたのだろうと考えましたが、やはり「時間」のおかげだと思いました。
無理やり前向きになろうとか、そんなのは私には無理でした。
とにかく何かしなければ思い出してしまう…という思いで、ただ作業的に2回目以降の移植に進んだと今思えば感じます。時間が傷を癒したのではなく、傷があることを一時的に忘れさせてくれました。


流産、死産。
よくある話、みんな言わないだけで経験してる人は多い。なんて言いますが、そういうもんじゃない。だからなんなんだ。やっとの思いで授かった命が消えるのだから、よくある話なんかでまとめないでほしい。

流産、死産に限らず、不妊治療にも言えること。
「不妊治療してる人って意外といるよね。」
こう言われることも増えた。けど、多いとか少ないとか、そんなのどうでもいい。それがなんなんだ。その人にしか分からない辛さや経験がある。

不妊治療だけではない、病気や怪我、自分の置かれている状態に向き合っている人たち。あの人もそうだった、なんかそういうのあるよね。
いやいやいや、そうじゃない。あなたはあなた。私は私。他人が経験してるからなんなんだ。
頑張っている、本当にえらい。もっと自分のために涙を流して、ほめて、労っていい。

自分の人生の代わりは、自分しかいないから。
自分を大事にしてください。


相変わらずまとまりのない、noteでした。




婦人科検診の記録。

一昨日の検診。
産み方のファイナルジャッジ。

結果、帝王切開ではなくなりました。
経膣分娩で赤ちゃんとがんばります。

今までで1番長いエコーでした。先生はかなり慎重でした。赤ちゃんは子宮口に先にきていた手を引っ込めて、頭を子宮口にぴったりくっつけていました。また手を子宮口にいれないか、筋腫の位置はどうか、かなり時間をかけての最終判断でした。

「筋腫が邪魔してやや斜めに傾いているけど、いけるでしょう。ここまでしっかり筋腫を乗り越えてきてるから、赤ちゃんの下から降りたいっていう意思を感じるよ。」そう言われて、やっと心構えができました。

赤ちゃんの意思を尊重して、赤ちゃんと陣痛を待ちます。


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