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【短編】 明星の怪物

 その怪物は気が付かないうちに人の心に巣くっている。その怪物は私たち人間から栄養をかすめ取り、生活している。
 
かすめ取っているのは「その人の現実」である。
 
 その人の「現実」を食らいつくすことでその怪物は生を継続することが出来る。つまり、この怪物を殺すためにはその人を殺すという方法しかない。いつしか住み着いた怪物に心を支配され始めるとその人間は「現実」を忠実に「現実」の言いなりになっていく。姿も形も見えない怪物は区別なく人たちの心の中に住んでいる。
 
 心に常に落とし込まれていく「現実」それが食らいつくされると人は「空腹」になる。
 
つまり「現実」という時間に飽きてくる。
 
 飽きては新しい物、飽きては新しい事への欲求は、そのまま怪物に栄養を運んでいることになる。
 
「なんともまあ、けなげなことで」
 
 怪物退治の英雄は腕を組んで、ビルの上からそんな風景を見ていた。怪物が心に巣くっている鼓動を感じつつも、黙ってその風景を見ていた。
 
「何かできることはないのか?」
 
 あるとき、英雄の元に青年がやってきた。話を聞けば怪物が自分の心の中にいることが怖くなって夜も寝れなくなってしまったという。青年は悩んだ末に、人づてで英雄の元に辿り着いた。
 
そんな青年の顔を見るなり英雄は銃を頭に突きつけた。
 
「じゃあ、死ぬしかないよ?」
 
 青年の顔からは血の気が引いていく。それを見て英雄はニヤニヤしていた。
 
青年は自分の胸を手でつかむようにして目を閉じていた。それを見た英雄は銃を下して、青年の目を開けさせた。
 
「・・・」
 
 その場に静寂が流れると、青年は煙草を加えた英雄に問いかける。
 
「殺さないんですか?」
 
その言葉を聞くと英雄はまた笑った。
 
「あんた、見事に死んだよ。お見事だ。もしかしたら、もしかしなくてもあんたは、あんたの中にいる怪物を退治することが出来るのかもしれない」
 
「・・・あなたが殺してくれるのでは?」
 
 青年はまっすぐ英雄を見た。
 
「俺は、あんたの過去だ。そう、忘れ去りたい、それともいつまでも誇っていたい過去だ。英雄でも何でもない。ただ、他がそう呼ぶだけの存在」
 
過去は青年に語り掛けた。
 
「現実を食らう怪物を殺すことが出来るのは、自分が現実から死ぬこと。つまり、俺を認めて、俺から認められること」
 
「―そうすれば」
 
 過去は加えていた煙草を強く吸い込むと、青年を指さした。
 
「あんたの先に未来が見えてくる」
 
 夜明け前、東に明星の見えるビルの上の出来事。


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