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日曜日のふたり

 俊は悠の近くを通りながらパソコンをのぞきこみ「俺ならもっと性の素晴らしさを伝えたいね」と言った。

 明日は、悠が養護教諭になってから初めての性教育の授業だ。高校ではクラミジア感染症が少しずつ蔓延しているようだった。だから、性感染症の症状や予防法に多くの時間を割いてプレゼン資料を作った。
 教頭や生活指導の山形先生は、若い悠が高校生に初めて性教育することで、生徒を逆に刺激する、授業が成立せず悠が傷つくと心配しているようだが、校長がやってみなさいと背中を押してくれた。
 授業は、教科書や台本を見ながらでは伝わらない。悠はなるべくシンプルな資料と台本を作り、何度もシミュレーションを繰り返す。自分がつぶやいていることを生徒目線で眺め、話をする内容や順番、間を吟味する。そのうちに、授業のラインがはっきりしてきて、言いたいことが途切れずに自分の言葉として出てくるようになったと感じられるようになる。そこまでいけば、本番は必ずうまくいく。
 養護教諭が生徒の前で授業するのは、他の教員に比べ数少ない。だから、少しでも良いものにしたいと悠は思う。

 昼食を2人で食べてから、あっという間に日差しは夕方の色に変わっていた。俊は私が仕事をする様子を見守っていたけど、さみしさでつい本音が出たんだろう、と悠は思った。

 「そうだね。私も本当はそんなことがしたいのかもしれない。」
 ちょっと悲しそうな顔をして微笑む悠を俊は優しく包んだ。

 ああ、幸せだ。悠は俊と抱きしめ合うと、いつもそう感じる。筋肉があり背の高い大きな身体は、しなやかで、柔らかい悠の身体にぴったりと沿う。休みの日に9時頃まで白いシーツにくるまり、2人で絡まり合っているときも、現実と夢の狭間で幸せをゆっくり味わう。
 深い信頼のもとでのセックスが愛を深め、他のものでは得られない喜びをもたらしてくれることを、悠は俊と一緒に生活することで知った。俊もそうだったらいいなと思う。

 性は本来、生命のつながりの中にある。人間の生の喜び、素晴らしさとつながっている。多様で個別性があって、豊かなものになれば、人はもっと優しく、幸せになれるはずだ。性教育の次の展開は、性の素晴らしさを伝えることにしよう。性の素晴らしさを享受するため、感染症の予防やパートナーを大切にする気持ちが育てば、その方が生徒達の動機として強固なものになるはずだ。

 ほらね。俊はやっぱり素敵な男性だ。たった一言とハグで、私にこんなにも大切なことを教えてくれる。

 「幸せだよ。」そう言って悠が顔を見上げると、俊は柔らかい表情をみせた。

 今度は私が俊を幸せにする番だ。悠はキッキンへと向かう。スパークリングワインは、冷蔵庫で冷えている。鱈の美味しそうなのが売ってたから、ハーブとオリーブオイルでソテーにしよう。皮をパリっと焼いて、ジャガイモとズッキーニのソテーを添えたらいい。サラダはルッコラがある。よく洗って、しっかり水気を切り、手でちぎって香りを出す。ホタテを軽くボイルして上に乗せ、鉢植えのレモンの皮をすって、塩とレモンの香りのオリーブオイルをかけよう。その間にアサリの酒蒸しも出来上がった。

 俊は美味しいものを食べると、ご機嫌になる。「うめえ」と言って、たくさんお酒を飲む。そんな姿を見るのも悠は大好きだ。美味しい食べ物は、その後のキスでもまた香り、彼のしなやかな身体をつくる。食でも性の(生の)素晴らしさを私達は味わっている。

 生徒達にも将来こんな幸せがあるように。そう願いながら明日は授業をしよう。悠は俊と過ごす幸せを噛みしめて、そう思う。

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