見出し画像

往復書簡

美希へ

こちらは菜の花の時期が終わり、もうすぐ桜がほころびそうです。
菜の花なんて、花屋かスーパーでしかみたことないよね。
北海道は福寿草やムスカリが咲いて、その後、コブシ、水仙、蝦夷ヤマザクラの順だったかな。
寒さで空気が澄んでいて、朝日を浴びた日高山脈が通勤する美希の背中を押しているだろうと思っています。

こちらに来ると、山を見ることがあんまりなくて、さみしいです。
山頂に雪があって、峰を際立てているような山が見たい。日高山脈が恋しい。白樺と青空、真っ直ぐに続く道路も恋しくなるもんだね。

仕事はどうですか?よく眠れていますか?美希は仕事に夢中になるのに、全体が見えていて、周りに頼られているでしょうね。君のそういうところが好きだけど、心配もしています。

映画を見たり、本を読んだり、好きな紅茶を楽しむ時間を意識してとってね。
君の柔らかい笑顔や思慮深さは、ゆとりの時間に守られるから。

光枝さんはお元気ですか?日曜日はグループホームから家に戻って、美希と過ごすのを楽しみにしているだろうね。君が忙しいと、なかなか外泊も難しくなるだろうけど、自分を責めたりしないでね。きっと、光枝さんは心の深いところで美希の愛情を感じてくれているから。

辛くなったり、悩んだら、いつでも電話をください。話を聴くことしかできないけど、僕はいつでも大丈夫だから。

もうなかなか会えなくなる。こうして少しずつ別れていくのかな。
けど、僕は諦めが悪いからな。この間見た『人生フルーツ』っていう映画の老夫婦を自分達に重ねたりしてます。
主人公の建築家が言ったのと同じように「彼女は僕の最高のガールフレンド」って、80歳過ぎて言えるようになるといい。
美希ほど気が合って、愛おしい人はいない。こんなことで離れるはずないし、時間がかかっても僕らは一緒になれると思っています。

人だらけなのも、空が狭いのも、電車が混みすぎているのも、覚悟はしていたけど、なかなか慣れないね。
押し寿司みたいに人が電車に詰め込まれるんだよ。それなのに、みんな静かに従ってる。都会の人ってすごいなと毎日思うよ。

だけど、僕は恵まれてる。良い環境で研究させてもらえてるし、職場の人はいい人ばかりだよ。
時々訛りが出ても、気にしないで会話を続けてくれたりさ。今は、色んなことを覚えるのに必死だけど、きっと大丈夫です。

時々、こんな風に手紙を書くのを許してください。

元気でね。君が幸せで、あの笑顔でいることを心から願っています。

洋人




洋人へ

お手紙ありがとう。
嬉しさと寂しさで胸がいっぱいになりました。家に届いたとき、開封して読んだとき、運転しながら思い出したときも。

朝の日高山脈は、泣きながら運転する私を苦笑いしながら眺めて、背中を押してくれました。
洋人が十勝の自然を恋しいと思うのは、心の中にこの景色が根づいているからですね。
私達はそこでもつながっているんだと感じます。

仕事は楽しいです。人と人がつながって、面白いことが一緒にできるようになったり、皆んなのいい顔がみられると、この仕事をしていて良かったなと感じます。けど、楽しみすぎて、夢中にならないよう気をつけます。
今度会えたら、洋人と話の合うおばさんでいたいので。

おばあちゃんは、身体はとても元気です。最近、歯みがきを嫌がるようになって、虫歯や歯茎の炎症が心配なくらいかな。家のことも、私のことも、思い出せないようだけど、私のことを妹だと思って、手をさすってくれたり、三つ編みを編もうとしてくれます。色々忘れても、愛が心に残ってくれてるので、救われます。

私も時々手紙を書きます。LINEやメールもいいけど、届くスピードと私達の距離とが合わなくて、辛くなるもんね。

きれいなものをみたとき、面白かった映画をみたとき、いい本に出会ったときに手紙を書きます。
こんな話がしたくなる人は、なかなかみつからないです。

けどね、これから先、素敵な人をみつけたら、迷わず幸せになってください。
洋人の幸せを祈っています。

美希

この記事が参加している募集

この街がすき

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?